2020年9月26日土曜日

【RL】 「TENET」の回文について他

映画「TENET」についてはいろいろと思うところがあって、
ネタバレというのではなく、これから観る人にも
既に観たという人にもお伝えしておいた方がよいかなと感じたので
いくつかメモ書き的に書いておきます。
本当は前の日記に続けて書くつもりだったけど、
前のものが思った以上に長くなったので記事を分けることにしました。

もう、「TENET」で検索するとあちこちに出て来ますけど、
この映画の元になっているのは次のラテン語の回文ですね。

SATOR
AREPO
TENET
OPERA
ROTAS

この回文のすごいところは、横に上から読んでも
縦に左から読んでも
右から左に下から上に読んでも
下から上に右から左に読んでも
全部同じ文章になっているというところですね!

で、映画的には、この回文の中に
悪役セイターの名前(Sator)、
ゴヤの贋作を描いた画家アレッポの名前(Arepo)、
映画冒頭のシーンで出て来るオペラ劇場(Opera)、
セイターの資産を管理しているセキュリティ会社の名前(Rotas)
そして、主人公に仕事をさせてるらしい組織
「TENET」が織り込まれていることが指摘されています。
が、この回文、ちゃんとラテン語の意味がわかると
もっとおもしろいかも? ということでこの記事を書いています。

映画「TENET」のネタバレ・解説記事を見るとこの回文の説明として
殆どがウィキペディアからコピペしたらしい訳が記されています。
曰く、「農夫のアレポ氏は馬鋤きを曳いて仕事をする」。
しかし、この訳は解釈の一つに過ぎません。
というのは、ラテン語は、語順が日本語のように自由なのに加えて
名詞の格の判断が難しい場合があり、日本語を例に出すと、
「私、あなた、愛してます」という文章では、
私があなたを愛しているのか、私のことをあなたが愛しているのか
この文章単独では判断できないのと似ています。
そこで、何故ウィキペディアの訳になるのかというとこと
他にどんな訳が可能かということと併せて書いていきたいと思います。

まず、この5つの単語、文法的に分解すると

SATOR:名詞、主格または呼格、種を撒く人の意味、転じて
    農夫、父親、創造主
AREPO:ラテン語文献にない単語、固有名詞の主格または呼格と解釈
TENET:動詞の三人称単数現在、持つ、保つ、持続させる、支配する
OPERA:名詞、主格、奪格、または対格、仕事、作品、苦労
ROTAS:名詞、複数、対格、車輪の意、または動詞二人称単数現在、
    回転させる、の意

お分かりでしょうか?
「オペラ」と日本語で言うと歌劇のオペラしか意味しませんが、
ラテン語や英語では「作品」とか「仕事」という意味になります。
すると、文法的なことを無視すれば、
「セイターはアレッポの作品をロータス社に保管してる」
って見えて来ませんか?
僕には最初そう見えたので、え? え? と思ったのです。

それから、「SATOR」は、農夫と訳されていますが、
元の意味は「種まく人」で、
そこから「父親」や「創造主」の意味も出て来るので
「TENET」を支配する、という意味に捉えると
この人から逃れられないというキャットやその息子のことが
思い出されて来るのです。
更に「ROTAS」は車輪の意味ですので、
これまた映画のキーとなっている「回転扉」を思い出させますね。

と、パッと見いろんなイメージが湧くのですが、
一応、文法的に正確にこの回文を読んでみると、
動詞は「TENET」で決まりです。
「ROTAS」も「あなたが回す」という二人称単数の動詞として
読むことができるものの、そうすると「TENET」が浮いてしまいます。
次に、対格、所謂「〜を」という目的語を表すと決まっているのも
「ROTAS」だけです。
主格は「SATOR」か「OPERA」ですが、
固有名詞「AREPO」と並んでいるのが「SATOR」であることから
「SATOR AREPO」が主格、つまり主語と考えられます。
残るのが「OPERA」で、これを対格で解釈するか
奪格で解釈するかで訳が変わってきます。
対格で解釈すると、対格としては既に「ROTAS」があるので、
ラテン語ではこのように同じ格が2つ並ぶ場合
どちらかを「〜として」と解釈することになっています。
そこで、ウィキペディアの訳の元になった解釈
「農夫のアレッポは仕事として車輪を持っている」
⇒ 「農夫のアレポ氏は馬鋤きを曳いて仕事をする」となるわけです。
「SATOR」を「農夫」と捉えて、「車輪」も「鋤」と解釈。

一方、「OPERA」を奪格として解釈すると、
奪格というのは「〜から」と出所を示したり
「〜を伴って」と状態を表したりするので

「農夫のアレッポは、大変な苦労をして車輪を支えている」
という意味にもなるわけで、何だかこっちの方が
映画のストーリーを暗示しているように感じるのは僕だけでしょうか?
更に「SATOR」を呼格で解釈すると、
「お父さん! アレッポ氏が大変苦労して回転扉を押さえています」
なんて風にも読めますよね。

こんな風に読んで来ると、この回文の中で映画に登場しないのは
会話の中で名前だけが出て来る「アレッポ氏」。
いや、アレッポ氏って、本当に登場して来てないの?
もしかして、実は誰かの変名なんじゃないの? とか
余計な想像までしてしまいます。www

登場人物にも触れたので、気になることをもう一つ。
ジョン・デイヴィッド・ワシントン演ずる主人公、
日本語のサイトでは「名もなき男」なんて紹介されてますが、
実際映画の中では何と呼ばれるのだろうと思っていたら
「Protagonist」というカッコイイ名前で呼ばれてました。
この英語は辞書などでは「主人公」「主役」などと訳されてますが、
元々は、競争、レースなどの参加者で、1位を付けている人のこと。
つまり「leading contestant」のことなんですが、
これが演劇に転じて「leading role」、つまり「主役」に
適用されるようになった言葉です。
「名もなき男」なんて表現は弱々ですが、ワシントン演じる男は、
見えないミッションを見えない敵と戦いながら
自分こそがこの世界を救うトップにいる男だと信じる
プロタゴニストなわけですね。

で、この「Protagonist」という言葉が出て来た時
僕が思い出したのは、そう、セカンドライフをやっている
SF ファンの方なら思い出すでしょう、
セカンドライフがベースとなっている「メタヴァース」を創造した
ニール・スティーヴンソンの『スノウ・クラッシュ』
あれの主人公の名前がヒロ・プロタゴニストでしたよね!
彼もまた世界を救うべく戦ったのでした。
そして、おっと、『スノウ・クラッシュ』の原作者の名前が
「ニール」と来たもんだ!^^
この映画、何かいろんなところで過去のSF作品とつながってるね!

というわけで、多分、日本語で読んでる情報だけでは
ピンと来ないだろうなぁ、と感じるところを書いてみました。
映画を楽しむご参考になればと思います。 

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