2020年11月3日火曜日

【RL】 映画「TENET」再び〜ファインマンの「陽電子は時間を遡る」について

 前に書いた映画の「TENET」、久しぶりの映画館での、
それも IMAX での体験だっただけに、とても面白かったのだが、
同じくこの映画を観たという同僚からさっぱりわからなかった、
と聞いて、前から書こうと思っていたこの映画の背景にある
物理学的な「理由付け」について書いておこうと思う。
大雑把な話は、前に熱力学の第二法則と量子力学の基礎知識が
必要だ、と書いたが、その量子力学的な部分を少し補っておきたい。

画面を食い入るように観ていた僕がなるほど、と思ったのは、
映画の前半で主人公とニールが語り合う場面。
ニールがファインマンの「陽電子は時間を遡る」発言に
言及するシーンだ。
この一言で、この映画のしくみが大体わかったのだ。

いわゆる「量子」は粒子と波の2つの性格を併せ持つ。
ファインマンはこのうち粒子としての運動に着目した人らしい。
そして、「運動」と言えば、僕らがイメージするのは、
この3次元空間を移動するイメージだ。
例えば、ある場所にある物体 a は、次のような x, y, z の
3本の軸が示す3次元座標で表すことができる。

201103a

この3次元的な世界を我々は「空間」と呼び、
それとは別なものとして「時間」があると考えるのが普通だ。
しかし、どうも時間と空間は別のものではないらしい。
有名な本だが、若い頃に読んで衝撃を受けたのが
ホーキング博士の『ホーキング、宇宙を語る』だ。
この中で博士はこう書いている。

「相対論では、空間座標と時間座標との間には実際上の区別はない。
それは、どの二つの空間座標のあいだにも実際上の区別がないのと同じである。」
(早川書房刊・林一訳 P27)

そこで、博士は次のような2次元座標を提示される。
x軸方向に3次元空間の座標、y軸方向に時間の座標をとるのだ。
このようにすると、ある場所でじっと動かないでいるというのは、
実際は同じ3次元空間座標には止まっているものの、
時間軸方向には移動している、ということがわかる。

201103b

我々が移動などしていないと感じるのは、
同じ3次元空間でも、実際には地球が自転しているので
毎秒470m くらいは動いているのだがそんなことは感じない、
それと同じようなものなのかもしれない。

或いは、実際には我々の体は常に変化して、
その変化、つまり微細なレベルの運動そのものが
時間であると考えられると前に書いたが、
我々がただ単にその変化を捉えられていないだけなのかもしれない。

話を戻すと、このような時間と空間の2次元座標で考えると
宇宙で起こることの全てを表現することができる。
例えばある二人の人間が会うという場合には、
それぞれが時間をかけて移動(運動)してきた軌跡が
ある一点で交叉する、ということであるとわかる。

201103c

さて、準備は出来た。
これで、物事の「運動」を時間を含めた2次元座標で
表現できるようになったわけである。
で、結論を先に言うと、ファインマンが見つけたのは、
光子から電子と陽電子が対発生、つまり2つ揃って同時に発生する時、
陽電子は電子と反対の方向に向かって動く、ということである。
これを図示すると次のようになる。

201103d

①で示した電子は我々の常識に従って、
今から未来へと向かう方向に動いていくのに反して、
②で示した陽電子は、今から過去に向かって動いていくのだ!
これが「TENET」で表現されている「逆行」の正体である。
そこで、ここでは「TENET」ではわかりやすいように
色使いを変えてあるように、この図でも順行を赤、
そして逆行を青で示してみた。

ここでおもしろいのは、光子から飛び出した電子が
3日間かけてある場所に辿り着いたとすると、
陽電子の方も同じ時間をかけて同じ場所に、
つまり3日前のその場所に辿り着く、ということである。
これを応用した「TENET」が他のタイムトラベルものと違うのは、
殆どのタイムトラベルものが、現代から未来や過去のある一点に
瞬間移動しているのに対して、
「TENET」では同じ時間と場所移動を費やして
過去のその場所に行き着く、ということである。
もうここまで書けばおわかりと思うが、
時間と空間の2次元座標で考えれば、従来のタイムトラベルは、
3次元空間におけるテレポーテーションに他ならない。
そして、今の技術でテレポーテーションが不可能なのであれば、
従来の意味でのタイムトラベルも不可能ということになる。
(※テレポーテーションの可能性は見えてきていますが、
 これについてはまた別途。)

こうした背景があって、「TENET」の主人公の男は
14日間かけて過去のあの場所へと向かってそこで戦う、
ということになるわけです。

さて、今から過去に向かって飛ぶ陽電子ですが、
これに今から未来に向かって飛ぶ電子をぶつけると
今度は「対消滅」という現象が起こり、光子に変化して
この世から消えてしまいます。
回転扉の向こう側に自分が見えなければ帰って来れなくなる、とか、
順行の人間が逆行弾で打たれると致命傷になる、というのは、
実はこの対消滅という現象を下敷きにしたものと考えています。

201103e

この対消滅、対発生をまとめたのが最後の図になります。

201104f

実際には、この「時間を遡る」陽電子の動きは
あくまでも微細な量子世界の出来事であって、
人間の大きさのレベルではそのようなことは考えられないようです。
これについても、先に引用した著書の中でホーキング博士は、
エントロピーが増大する世界の後にはエントロピーが縮小する
そんな世界を想定することができるが、では何故、
私たちはたまたまとは言え、エントロピーが増大する世界に
生まれあわせているのか? という疑問を提示しています。
同書の中に書かれたその答えを読むと、どうも人間が
逆行の世界を生きるのはとても難しそうです。w

しかしだからこそ、そのあり得ない逆行の世界を描いた
この映画はとてもおもしろい思考実験だと僕は思うのです。
SF が単なる "Science Fiction" でなく、 "Speculative Fiction"、
つまり「思弁小説」と言われる所以です。

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