2024年5月3日金曜日

【レビュー記事】 小澤征爾さんを聴く〜その9・メシアン『トゥランガリーラ交響曲』

僕がクラシック音楽の曲は吉田秀和さんの『LP 300選』に基づいて
聴いていったことはこれまでにも何度か書いたが、
実際にレコードや CD を買ったのはその本の前の方と後の方から、
つまりバッハ以前の古楽とドビュッシー以降の現代音楽からだ。
何と言ってもそこに出て来る作曲家の名前の殆どを知らないし、
名前は知っていても実際に作品を聴いたことがないものばかり。
特にベートーヴェン以降の、所謂「ロマン派」と呼ばれる曲の数々は
別にレコードなど買わなくても日常生活に溢れているので
もっと新しい響きを求めていたのだ。
そう、現代音楽が新しい響きであるのは勿論だが、
バロックより前の中世の音楽もまた新しい響きであったのだ。

社会人になったばかりの頃、僕は新宿西口の会社で働いていて、
帰りによく当時 NS ビルにあったレコード店に立ち寄っていた。
そこはこうした現代音楽や古楽のレコードが充実していたのだ。
その時買ったものの中に小澤征爾さんがトロント響を指揮した
メシアン『トゥランガリーラ交響曲』と
武満徹さんの『ノヴェンバー・ステップス』をカップリングした
2枚組の LP があった。

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この LP を見つけた時は、とてもお買い得な曲の組み合わせと
演奏者であるように思えて——勿論これは吉田さんの本の
レコード表にも載っているレコードなのだが——、
もう興奮のあまり衝動買いしたのを今でもはっきりと覚えている。

2枚組ということは、メシアンの曲が LP で3面、
残りの1面に武満さんの曲が入っているわけだが、
つまりメシアンの『トゥランガリーラ交響曲』の方は
全10楽章から成り、1時間を越える長大な曲なのだが、
マーラーの曲は長くて苦手と言っている僕も
この曲は大変面白く聴けたのだった。

それは一つには、歌を含まない純粋な器楽曲であることと、
また、トロンボーンとチューバによる重々しい「彫像の主題」、
弦楽器とオンドマルトノによる官能的な「愛の主題」、
そしてピアノを含む打楽器群によるガムランのリズムなどが
繰り返し或いは変形され、或いは組み合わせられて登場するのが
古典的な交響曲の伝統の上に成り立っているからだと思う。

それに、そう、今書いたオンドマルトノの響きが何よりおもしろい。
「愛の主題」以外でも、いろんなところでピューピュー鳴るのだ。w
そして、実際、10もある楽章はそれぞれが特徴あり、個性的で
全く飽きさせないのだ。
第6楽章の「愛の眠りの園」はメシアンお得意の鳥の表現で、
ピアノが静かに夜鳴鶯のチチチという鳴き声を奏で続けるのもいい。

前に触れた『交響曲名曲名盤100』の中で諸井誠さんは
この曲について「豊麗な音洪水」と表現しているが言い得て妙で、
アートで言えば、次から次へと絶えず様々な色や光が
めくるめく空間の中に身を置いて幻惑されるような
そういう体験を音でする感じなのだ。
メシアンは音に色を感じる人なのでそれは当然のことなのだろうが、
色彩的で官能的表現を得意とする小澤さんの棒は
その魅力を十二分に引き出し、現出しており、
だからこそこの大曲を飽きさせずに最後まで聞き通させるのだ。

そういう小澤さんの演奏は、作曲者のメシアンご本人に
とても気に入られたようだ。
このトロント響との録音は1967年だが、それに先立つ1962年、
小澤さんは NHK 交響楽団を率いてこの曲の日本初演を行っている。
恐らくこの時のことだと想像するが、村上春樹さんとの対談の中で
小澤さんは次のように述べている。

「メシアンさんは僕のことを本当に気に入ってくれて、というか惚れ込まれちゃって、自分の音楽が全部君がやってくれとまで言われました。」

そして1978年から1979年にかけて行われた武満徹さんとの対談を
まとめた『音楽』の中で小澤さんは、

「N 響で僕がメシアンの『トゥーランガリラ交響曲』を初演指揮した。それ以来、おかげで、おれは苦労している(笑)。」

と言っているところを見ると、恐らくメシアンは自作の演奏を
折に触れて小澤さんに依頼するのだろうが、
それでは小澤さんに全て委ねるかというとそうではなく、
きっと作曲者本人としてここはこうしてほしい、
そこはそれじゃダメだ、といろいろ注文を付けたのだろう。
実際、『アッシジの聖フランチェスコ』の初演リハーサルの風景を
以前見たことがあるけれども、その時メシアンが小澤さんの演奏に
注文を付けていた。これについて詳しくはまたあとで。

ともかく、そうしてメシアンが信頼していた小澤さんの演奏である。
僕が LP を買った頃はこの小澤さんのものしかレコードはなかったが、
その後、プレヴィンやサロネン、ラトルなど
世界の指揮者が続々と録音してリリースするようになったので、
今となっては「古い演奏」なのかもしれないけれども、
僕には小澤さんのこの1枚聴けば十分なのである。

P.S.
LP 時代にメシアンの『トゥランガリーラ交響曲』と
武満徹さんの『ノヴェンバー・ステップス』とか
カップリングされたのは、ただ単にレコードというものの制約、
『トゥランガリーラ』が3面必要で1面余るので
4面に20分程度の曲を埋める必要があって武満さんの曲の録音を
使ったのではないかと邪推していたが、
今考えると、『トゥランガリーラ』は協奏曲的ではないものの、
オーケストラに独奏ピアノ、独奏オンドマルトノを伴う交響曲
ということになっている。
方や、『ノヴェンバー・ステップス』は、
オーケストラに独奏琵琶と独奏尺八を伴う管弦楽曲であるので、
実は同じタイプの曲だと言える。
『ノヴェンバー・ステップス』の初演が1967年11月のことだから、
寧ろこの曲を RCA に録音するに当たって、
それではメシアンの曲も一緒に、ということになったのかもですね。

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