2022年9月28日水曜日

【RL】 う〜ん、素晴らしい!〜ヨハン・ヨハンソン監督の「最後にして最初の人類」

いや、前からその評判は聞いていたのだ。
だから Amazon Prime で配信が始まり、
「あなたが興味のありそうな映画」のトップに表示された時、
「おお!」と思って飛びついたのです。
いやぁ、これは素晴らしい。
とっても素晴らしい SF 映画です。

そして、最初に言っておくと、この映画のクレジットには
VFX とか CG とかいったスタッフは登場しません。
そう、全てが旧ユーゴスラヴィアでロケされたもので、
各地の建築物や記念碑がいろいろな角度で
白黒の映像で切り取られることで、或いは宇宙船だったり、
或いはコロニーだったり、或いは異形の生物だったりと
CG に慣らされた僕らには却ってイマジネーションを掻き立てられる、
そんな作品なのです。
そう、スターウォーズやマーベルのヒーローもののような
活劇はないものの、静的な映像が却って緊張感を高めるのです。
そして、如何にも古いフィルムのようにあちこちに現れるキズや
画面全体にノイズが乗っているのもすごく雰囲気あるし、
うん、正にシネマだね、これこそ映画、これぞ SF という感じです。
原作がステープルドンというのがまたいいんですよ。

そう、これまで何度か映画のレビューを書いていて、
その中で何度も繰り返しているように、
僕にとって最高の SF 映画は「2001年宇宙の旅」で、
2位は「インターステラー」か「TENET」か、というところですが、
この作品を観てしまったら、2位はこれか、
いや、もしかして1位か、というくらいの衝撃を受けているところ。
実際、あの辛口 Rotten Tomatoes で好評価100% っていうのも
頷けるというものです。
こんな数字、見たことないんですけどね。

残念なのは。。。映画のタイトルそのままだったか、
この作品、ヨハン・ヨハンソン監督の「最初にして最後の作品」に
なってしまったこと。
そう、この監督はもうこの世の人ではないんですよね、
僕より年下にも拘わらず。。。
そう考えると、この作品自体が監督からの
最後のメッセージのようにも思えてくるわけです。

とにかく、映像も、音楽も、ナレーションも素晴らしい、
オススメの SF 映画です!

2022年9月25日日曜日

【RL】 久しぶりに見直した張芸謀の「HERO」と「LOVERS」

中国の映画監督張芸謀(チャン・イーモウ)は
嘗て僕の好きな監督の一人だった。
その名前を知ったのはちょうど僕が大学で中国語を勉強していた頃、
陳凱歌(チェン・カイコー)監督の「黄色い大地」を手始めに
いろいろと中国映画を観ている中で、
やっぱり1987年の「紅いコーリャン」の映像美に魅せられ、
続く「菊豆(チュイトウ)」もテレビで観て、
折しも劇場公開された「紅夢」は映画館に足を運びましたよ。
とにかく色彩の使い方が綺麗なのと
これら3作品で主演を務める女優鞏俐(コン・リー)の美しさも
また魅力の一つだったですね〜。
その映像美に、とってもアートなものを、新しい中国を感じたんです。
そしてこの監督は、コン・リーという女優だけでなく、
1999年の「初恋の来た道」で章子怡(チャン・ツィイー)という
これまた美人の女優さんを見出すんですよね。

序でに触れると、チェン・カイコー監督の方は、やはり
コン・リーを起用した「さらば、わが愛/覇王別姫」を1993年に公開、
その後は夢枕獏さん原作による「始皇帝暗殺」を1998年に、
ドラマ化作品が日本でも話題になった「北京バイオリン」を2002年に、
そして最近ではやはり夢枕獏さん原作の
「空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎」を 2017年に監督してますね。
何れも、日本人にも楽しめる素晴らしい作品と思っています。

さて、話を戻すとそんな個人的にアートを感じていた
チャン・イーモウ監督だったのですが、
2002年公開の「HERO」と2004年公開の「LOVERS」には
公開当初とってもガッカリしたんですね。
「紅いコーリャン」では、もう、青い空や紅い空を背景に
コーリャンの畑が映っている、そんなシーンだけで
アートを感じたものでしたが、
「HERO」では、香港映画特有のワイヤーアクションを使って
空中を剣を持った武人たちが飛び回るわけですよ、
いかにもあり得ないような動きで。
これを観て僕は、あ〜、チャン・イーモウも終わったな、
とか思っていたわけですが、それを決定的にしたのが、
つい最近、2017年に映画館に観に行った「グレート・ウォール」です。
もう、これは完全にハリウッド映画でしたね〜。
確か、別の映画を観に行った時にポスターを見かけて、
ほう、チャン・イーモウが万里の長城の映画か。。。
と気になって観に行ったのでしたが。。。

ところが、最近、何か面白いアジア映画はないかと
Amazon, Hulu, Gyao などを見ていたら、
韓国映画を含めて結構伝奇的なものがいろいろ作られてる。
そんなんだったら、久しぶりに「HERO」とか「LOVERS」とか
観て見たいものだ、と思っていたら、最近 Amazon Prime で
配信が始まりましたので、思わず2作続けて観ましたよ。w

流石に、20年近くを経て観てみると、やはり見方が変わってましたね。
「HERO」の方は、例のわざとらしいワイヤーアクションや
1本の弓矢が弦を離れて宙を飛び、建物の中に入って
何かに刺さるまでを執拗に追うカメラワークとか、
そういうのは今となっては笑えるところもありながら、
一方でそういうわざとらしさもこの監督は追求したのではないか、
と思いました。
というのは、同時に、この監督の特徴である色彩美、映像美は
一層磨きがかかっているように今は思えるからですし、
ちょっとした1カット1カットに、嘗ての日本の名画に通ずる
東洋的な美、東洋的な価値観の素晴らしさが織り込まれているのです。
秦の始皇帝暗殺が背景なのはアニメ「キングダム」が放送中の今、
併せて観るのに興味深いものもあります。

続編とも言うべき「LOVERS」の方は、
これは個人的にはタイトルが気に入らなかったのですが
——中国映画らしくないので——、
中国語の原題は「十面埋伏」というのです。
今観て、あっ! と思いました。
「十面埋伏」は、私は何樹鳳(ホー・シューフォン)さんが演奏する
琵琶の名曲で知っているのですが、
これは項羽と劉邦の戦いを音楽で表現したもので、
項羽の軍を四方八方から攻めて打ち負かした時のことです。
きっと、主人公の二人が、どちらにとっても敵や味方から
襲われ続けながら旅を続ける状況を項羽のそれに擬えたのでしょう。

こちらの映画も、映像美や中国文化のよい部分が描かれているものの
しかし、正直この映画はチャン・ツィイーの美しい魅力が全て、
と言っていい、ズルイ作品だな、と思いました。w
チャン・ツィイーは、前の「HERO」にも出ているのですが、
比較的地味な脇役に徹していましたが、
ここでは、その魅力全開という感じです。
やぁ、こんな人と一緒に旅していたら、金城武でなくても
きっと骨抜きにされてしまいますね。w

というわけで、20年前に観た時は、つまらない、と思った
これらの2作品、今見直すと案外おもしろかったです。
この20年間の時代の変化で作品の位置付けが変わったのか、
或いは単に、僕が年齢を経て趣味や感じ方が変わったのか、
日本を含めアジアでたくさん作られる B 級映画を観るよりは、
今こそオススメできる作品たちだと思った次第です。^^

2022年9月11日日曜日

【Burn2】 やっぱり何かやるみたい。。。

前の日記で、今年はナチュさんのキャンプがないから淋しいなぁ、
自分で何かキャンプをやるかなぁ、なんて書いてましたが、
結局何かやることになりました。w
ケルパさんと共同で 64m × 64m という広〜い土地をゲット、
基本的にはケルパさんの展示会場になる予定ですが、
一応ステージっぽい場所も作って、僕のライブとかやれるようにと
考え中も考え中のところです。

220911a

まだ会場となる Burn2 の土地自体が来たばかり、
そしてキャンプ会場の割り当ても始まったばかりなので、
写真のようにまだな〜んにもない状態です。
ここから僕らのキャンプ会場がどんな感じになっていくのか、
そして周りにどんなキャンプ会場ができるのか
是非楽しみにしていて下さい。^^

※現在一般の方がアクセスできるのは前回紹介した
 Deep Hole という Welcome Area だけです。
 それ以外の会場はキャンプ地をゲットした人だけしか入れません。

2022年9月6日火曜日

【Burn2】 忠実に再現されてるバーニングマンへの道と風景

 先日、そもそも Burn2 って何? という記事を書きましたが、
その中で RL のバーニングマンのサンフランシスコから
ブラックロック・シティまでの会場のルートについて触れました。
その時思い出したのがこの会場への道のりと風景が
実は SL の Burn2 の SIM に忠実に再現されている
ということでした。

220906d

毎年 Burn2 の Welcome Area として案内されている場所に
降り立つと大体こんな風景です。
ここは Burning Man- Deep Hole という SIM の南東部に当たり、
この SIM だけが一年を通してグリッドに存在していて
それ以外の SIM はイベントが開催される時だけ現れるのです。
そしてこの Welcome Area、写真の僕の背中の方に
Burn2 の会場ゲートがあって、大抵はみんなここに着地すると
とっととそちらの方に歩いて行ってしまうのですが、
実はこの写真に写っている会場とは反対の方向、
この 100 メートルばかり伸びている道こそ、
RL のバーニングマンの道のりを再現したものになっているのです。
分かりやすく言うと、この道の突き当たりから
こちらに向かって来るのが本来のバーニングマンへの道、
ということになるわけです。

220906e

その突き当たりにあるのがこの看板、
サンフランシスコからルート 80 に乗って通過するリノ市にある
リノ・アーチというゲートなのですが、
「世界で一番大きな小さな街」というキャッチフレーズがいいですね。
本物はこちら。(以下、RL の写真は何れも Google から)


by Trachemysta on Google

おんなじでしょ?w
因みに、SL の方は、このゲートの向こうに道が延びていますが、
実はここが SIM の限界なのでここから先には進めません。w

そして、実際にはリノからバーニングマンの玄関町
ガーラックまではかなり距離があるのだけれど、
SL では隣接しています。w
でもそのガーラックの再現力はすごいです。
まずは町に入るところの Welcome の看板。

220906f


by William Parker on Google

続いて、どうも歴史ある給水塔。

220906g


by january161992 on Google

そして何と言っても、バーニングマンの現地事務所。

220906h


by Diana Wei on Google

そしてそのバーニングマン事務所の隣にある
「ブラックロック・ハイロック」の看板のあるお店?

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by Michelle Cartwright on Google

いかがでしょう?
結構よく出来ていると思いません?
Burn2 の目玉は勿論様々なイベントや展示物なのですが、
普段は通り過ぎてしまう Welcome Area ガーラックの町も
探索してみるとおもしろいですよ?
バーニングマンや Burn2 の歴史なども学べる学校、
University ならぬ Burniversity なんて所もありますし。
是非一度訪れてみて下さい。^^

乗り物の撮影は難しい〜久しぶりのヨット

殆どレアキャラ化していてイベント以外ではあまり見かけない
そんなヒロシだと自分でも認識していますが、
昨晩はイベントでもないのに2時間以上、もしかして3時間近く
SL にインしていたヒロシです。
もしかして友だちの皆さんの中には、あれ〜、珍しくいるな〜、と
そう思っておられた方もいらっしゃるかもしれません。

何をしていたかと言うと、先日のセカフェスで
新しいアルバムのことを話したと思いますが、
そのセカフェスで久しぶりに「Sailing」という
SL でのヨット体験を元に作った曲をやったのですが、
そうだ! アルバムのジャケットこの曲に因んでヨットにしよう!
と思い立ったのはいいけれど、いざ撮影するとなると
やっぱり動いているものを撮るのは難しい。
加えて、折角だから気球も背景に入れたいとか思って
ヒロコに気球を操縦してもらったのはいいけれど、
動いているヨットと気球を撮影するのは更に難しい。
更に! 僕の家の近くの海岸も以前に比べると建て込んで来てて
海が狭くなって来ているので、撮影に集中してると
ヨットがどなたかの土地に乗り上げたり。www

ヨットは SL を始めた時からいろいろ拘って買ったので
いくつか持っているわけですが、今回撮影に使ったのは
Flying Fizz という RL で言うディンギータイプのヨットです。
これのいい所は、ディンギーなので軽いのが一つ、
あと、純粋に風と波で動くので本物のヨットみたいな体感があること。
そして。。。

軽い分、帆をいっぱいに張った状態である方向から強風を受けると
本物のヨット同様、簡単に転覆してしまうこと。w
なんですが、おもしろいのは、転覆するとそれを自分で立て直して
乗り込み直すアニメが付いているところですね。w

220906b

220906c<

そうなんです。
何度も同じ場所で撮り直しをしているので、
何度もヨットを反転させて同じルートをクルージングするのですが、
その反転する時に横風を受けるとあっさりと転覆。w
そんなことを繰り返しているうちにあっという間に
時間が経ってしまったというわけなのです。

そうやって撮った新しいアルバムのジャケット、
どんなものになるか、楽しみにしてて下さいね!^^

220906a

あ、この写真ではないですよ。w

2022年9月4日日曜日

【イベント】 そもそも Burn2 って何なの?〜メタバースの原点を考える場として

僕のこの日記を何年かずっと見続けてくれている人は
このあまり更新されない日記が毎年9月頃から急に更新が増え、
10月に入ると殆ど毎日のように「Burn2」の見出しの記事が
連続で投稿されていることにお気づきかもしれません。
それほど僕や僕の周りの友人たちの間では毎年盛り上がっている
Burn2 なのですが、そもそも Burn2 って何なの? という方も
特に比較的最近セカンドライフを始められた方にはいらっしゃるかも。
先ほどケルパさんと会話していた時も
日本人のコミュニティでは知らない人多いんだよね〜、
なんて仰ってました。
その発言を聞いて、そうか! と気づいたのです。
毎年 Burn2 の情報を発信して来たつもりでしたが、
そもそも Burn2 とは何か、ということについては
あまりちゃんと説明して来なかったかもです。
そこで、今回はその Burn2 とはそもそも何なのか、
ということについて話してみたいと思います。

     *   *   *

僕が Burn2。。。
というか当時 Burning Life と呼ばれていたものを知ったのは、
三淵先生のデジタルハリウッド大学大学院
セカンドライフ研究室監訳の『セカンドライフ公式ガイド』なんです。
2007年に SL の日本語版がリリースされたタイミングで出版された
この頃から参加している日本の住民のみなさんは
大抵お持ちなのでは? というガイドブックです。
どこかでも書いたと思いますが、僕はこの世界に生まれてきてから
最初のころは一人でフラフラと放浪していましたので、
このガイドブックが頼りで隅から隅までよく読みましたよ。^^

そのガイドブックの 303 ページに
「コミュニティの構築:Burning Life」という短い記事があって、
そのまま転載すると次のように書いてあるのです。

「毎年、労働者の日の週末に開かれる有名な Burning Man フェスティバルになぞらえて、リンデンラボが主催している Burning Life は、SL が最も自由な空間になる瞬間です。期間中、何もない未整備のアイランドは、いわば幻覚を共有する場になります。巨大な手のひらと虫めがねの彫刻が空を飛び、人間大の乗って遊べるパックマンが用意され、エドヴァルド・ムンクの「叫び」を 3D で再現した作品が登場します。最初の Burning Life は 2003 年に開催され、年々その規模を増しています。イベントは巨大な木製の人形を燃やしたところで最高潮に達し(図12.7)、開始時と同じくらいすみやかに撤収します。」

この文章を読んでそれが何かイメージできた方は
ここから先の僕の記事を読む必要はないかもです。
その「図12.7」というのが今見ると燃えている人形の前で
踊り狂ってる人たちが写っている写真なのですが、
文章を読んでも写真を見ても、僕は一体どんなイベントなのか
全く想像がつかなかったのですよ。^^;
当時はそもそもバーニングマンのことも知らなかったですからね。
それより何より、
「巨大な手のひらと虫めがねの彫刻が空を飛」ぶ、って一体???
「人間大の乗って遊べるパックマン」???
頭の中は「?」でいっぱいでした。www

ただ、この文章にある「SL が最も自由な空間になる瞬間」
「幻覚を共有する場」というキーワードに最も興味を惹かれました。
「リンデンラボが主催」という言葉と相俟って、
「これは絶対に参加して経験しないといけないイベントだ」
そう感じられたのです。
そしてこの年の9月の終わりに初めて観に行って
とてもディープな体験をすることになったわけなのです。
そして翌 2008 年には観る側ではなく演る側として参加、
それ以来ほぼ毎年参加してきています。
この時このイベントにやはり関心を寄せていたのがナチュさんで、
その時からずっとナチュさんとは一緒に参加・活動してきたわけです。
(その意味でも今年は彼がいないのが淋しい。。。)

     *   *   *

バーニングマンについては、最近ではニュースにもなるので
ご存じの方も結構いらっしゃると思います。
1986年、失恋だったか何だったか正確なことは忘れましたが、
心を病んでいたラリー・ハーヴィーは、
友だちのジェリー・ジェイムズを誘って
サンフランシスコの海岸で木の人形を作って燃やしました。
人形を燃やすことで、心を痛めたきっかけとなった人との関係を
すっきりとさせたかったんでしょうかね。
ところがこの時海岸には他にも人がいて、二人の周りに集まってきて
自然と歌ったり踊ったりし始め、
中には燃える人形に手を差し伸べたりする人まで現れ、
後のバーニングマンのイベントにつながることが
殆ど自然発生的に起こったわけなんです。

そこでラリーとジェリーは翌年以降もこの人形を燃やす行事を
行うようになるのですが、
1989年には当初2.5メートル程度だった人形も12メートルほどに、
イベントに集まる人も300人と増えましたので、
とうとう警察が出動する事態に。
もうサンフランシスコの海岸ではこのイベントを行うことが
できなくなると思われたその時、このイベントをネバダ州の
ブラックロック沙漠で行うことを引き受けてくれた人たちがいて
1990年以降はこのプラヤと呼ばれる干上がった湖の底で
開催されることになったわけです。

ブラックロック沙漠なんて地名はは普通の日本人は知りませんよね。
でも、サンフランシスコのような人口の多いところではなくて、
12メートルの巨大な人形を燃やすなんて危険なイベントをやっても
住民への影響もなさそうな人里離れた僻地だろうということは
大体想像できますよね?

220904a

写真はリンデンの本社があるサンフランシスコからのルートですが、
距離にして約 510 km と言いますから、
東京駅から大阪か神戸辺りまで行く感じでしょうか。
ルート 80 に沿ってサクラメントを抜けて更にその先レノも抜けて
ワズワースの手前あたりでルート 477 に入って、
そこから何にもない谷間を 125 キロくらい進むと
漸くブラックロック沙漠の入口、ガーラックという町に着きます。
グーグルマップで調べると車で約6時間半くらいと出ます。
そんな僻地に8万人近い人が世界から集まって来るというのは
本当にすごいことだと思います。

     *   *   *

1999年に、あるサンフランシスコに住む若者が
このイベントを初めて訪れることになります。
彼がそこで目にしたのは、たくさんの人たちが集まって、
自主的に統制のとれた街を築き、商業主義とは無縁のところで
真に自分たちの創造性を表現し合い、互いに協力し合う姿でした。
この若者はここで目にしたことに強い衝撃を受け、
当時取り組んでいたプロジェクトの方向性を
大きく変えることを決心しました。
この若者こそセカンドライフの創始者フィリップ・ローズデールであり、
彼が取り組んでいたプロジェクトというのが
セカンドライフのアルファ版と呼ばれる
「リンデン・ワールド」だったのです。
こうした経緯から、リンデン・ワールドがスタートした頃は
社員は皆 RL のバーニングマンに参加することになっていたそうです。

しかし、2003年にセカンドライフがスタートすると
リンデンのスタッフも皆忙しくなり、
なかなか1週間もそんな僻地のイベントに参加することが難しくなり、
バーニングマンの主催者に仮想空間でバーニングマンのイベントを
開催してもよいか相談したところ、快諾を得て始まったのが
僕も経験した Burning Life というわけなのです。
つまり Burning Life とは、バーニングマンのイベントを
ただ形だけでなく、その精神を含めて SL 内で実現するもの
ということができます。

こうして Burning Life はリンデン主催のイベントとして
始まったわけなのですが、その間いろいろな事情もあって、
本家バーニングマンがコミュニティ主体で行われているように
SL 版もコミュニティ主体のイベントとして、
また、本件バーニングマンの正式な地域イベントとして
位置づけが変わり、名前も Burn2 と変わったわけなのです。

     *   *   *

名前は変わりましたが、バーニングマンの持つ創造性や自由、自主性、
コミュニティの連帯・連携、商業主義の廃止といった
精神そのものは受け継がれ続けています。
なので、Burn2 に参加する方は、バーニングマンの理念である
「10か条の根本理念」をよく理解することが大事です。
そして、実はこうした理念や精神こそ
創始者のフィリップがセカンドライフという
仮想空間=メタバースをこの世に届けるに当たって
重要視したことなのだと僕は理解しています。
なので、昨今は「メタバース」でお金を儲けることが
やたらと経済ニュースに出てきますけれど、
何故セカンドライフが「失敗した」とか言われながらも
20年も続いていて、今も新しい人たちが参加しているのか、
その最も大きな理由はこの精神にあるのではないかと考えています。
メタバースというものをお金を稼ぐ場と考えるか、
精神を豊かにする場と考えるかの違いと言っていいでしょうか。

その意味で、Burn2 はセカンドライフというものをよりよく知り、
そして自分の創造性をコミュニティの中で磨き、
より豊かな自由と平和と互助の精神に触れる場なのです。
これまでご存じなかった方も、今年は是非参加してみて下さい。
会場でお会いして、共に豊かな経験ができることを願います。^^

※Burn2 の詳しい情報は次の公式ホームページをどうぞ。

今年 2022年のイベントに関する情報はこちらから。

2022年9月3日土曜日

【翻訳記事】 今年の Burn2 は10月7日〜16日の10日間〜テーマは「夢に目覚める」?

さて、セカフェスも終わって月が変わり、9月となりました。
9月ともなるともう年の終わりが近づいて来た感じがします。
そして僕などは10月に行われる Burn2 に向けて
準備を始めることとなるのです。
Burn2 と言えば、RL のバーニングマンは丁度今やってるとこですね。
今年は久しぶりに RL のブラックロック・シティに戻って
8月28日(日)〜9月5日(月)の日程で行われています。
この RL のバーニングマン、是非いつか行ってみたいですね。^^

さて、そのバーニングマンの SL 版、Burn2 の方はと申しますと、
PDT で 10月7日(金)〜16日(日)の日程で行われます。
既にキャンプ地のセールやアーチストのブッキングが始まったので、
僕も毎年やってるセンターキャンプを早速予約しました。
センターキャンプでのライブは10月8日(土)22:00からになります。
ご都合つく方是非遊びにいらして下さいね!^^

昨年まではナチュさんがキャンプを運営してて
そこではミュージシャンや DJ の皆さんが大暴れ、
毎日のように音楽イベントで盛り上がりましたし、
センターキャンプもそのナチュさんやこじゃさんや僕が
3人連続日本人が演奏する時間を作ったりで、
かなりエネルギッシュな日々が続きましたが、
今年はそのこじゃさんもナチュさんも SL からは離れていますので
久しぶりに自分一人でのんびりやるかなと思っているところです。
日本人コミュニティにとっては、昨年までの狂騒に比べると
今年はちょっと物足りない、少し淋しいような Burn2 となるかもです。
まぁ、元々15年前は一人でフラ〜っと出かけて遊んでいたので、
原点に戻るような感じかもしれません。
原点に戻るという意味では、今年は自分でもキャンプ設営するかな〜
なんて考え始めてるところではあります。
とは言え、あまりもの作りとかする時間ないんですよね。。。
どうせキャンプやるなら何かおもしろいものを作りたいし。

僕の話はこれくらいにして、今年の Burn2 のテーマは
RL のバーニングマンと同じく「Waking Dreams」です。
目が覚めている時に見る夢、というニュアンスですが、
「夢に目覚める」とでも訳しておきましょうか。
今年の Burn2 にご参加になる皆さんのご参考まで
その趣意書を以下の通り訳しておきます。
原文をご覧になりたい方はこちらをどうぞ。


     *   *   *

バーニングマン2022「夢に目覚める」

2022年のバーニングマンでは、夢というものが持つ、物事を変革するパワーを——文字通りの意味でも比喩的な意味でも——探究し、この強大なエネルギーのチャネルを目を見張るような、しばしば超現実主義的な、そして時に私たちの人生すら変えてしまうような方法で開いた夢想家たちを讃えたいと思うのです。というのも結局のところ、コミュニティの夢というものを一堂に集めて表現しなかったら、ブラックロック・シティの存在意義って何だ? ってことになるからです。

「荘周、夢に胡蝶と為る。栩栩(くく)然として胡蝶なり。自ら喩(たのし)みて志(こころ)に適う。
 俄然として覚むれば、則ち蘧蘧(きょきょ)然として周なり。
 知らず、周の夢に胡蝶と為るか、胡蝶の夢に周と為るか。」(『荘子』)

誰しも夢を見ます。にも拘わらず、何故夢を見るのか、誰にもわからないのです。いつの頃からか、それも早い時期に、ひとはこの不可解な事象を説明しようと努力を重ねて来ました。超自然の世界からのメッセージを受信するやり方で、或いは、精神世界の宇宙を旅することによって。また或いは自らの前世への扉の向こう側に入って行くことや、超現実の世界を垣間見ることによって。こうした経験をした人とっては、私たちが目覚めた状態で人生として認識しているものは、実は単なる夢に過ぎないのです。現代の科学は、この疑問をより機械論的なレンズを通して見るのです。即ち、睡眠というものはシステムのメンテナンスに於ける計画されたダウンタイムのようなものだと。そしてそのメンテナンスの中で、新しいデータが整理され、タグ付けされて、メモリの中に定着され、働き過ぎのミエリン鞘を再び活性化させるのだと。これはビデオモニターに映し出されるテストパターンと同じになるようなプロセスの中で私たちが経験するイメージと言えます。

フロイト学派やユング学派の人々はこうした映像が投影されるのは全くランダムに行われるのではなく、寧ろ意識の籠をガタガタと揺らす潜在意識を表しているのだ、と反論します。それは過去のトラウマを蘇らせるためであることも、目ざめている時の心が無視しようとしている考えを伝えようとするためでもあるのだと。どちらの場合でも、夢が私たちが目覚めている間に経験したことや、目にしたこと、或いは生まれた時から目が不自由で、夢を視覚的に見ない人の場合は耳にしたり感じたり、その他の感覚で経験したことから導かれているというのは確かなことのようです。

自らの夢にアクセスし、その夢に影響を与え、更には潜在意識の洞察力を覚醒している時の創造力に変えるチャネルを開こうと試みる人々がいて、その文化史は遠い昔に遡ります。これには、寺院に設えた特別製の夢を見るためのベッドで寝て神聖なインスピレーションをより強く得ることに始まり、夢日記を付けることや、その他様々な種類の夢に纏わる試みがあります。こうした手法はしばしば明晰夢——つまり、夢の中にいるにも拘わらず夢を見ていることを自覚している状態——を起こすように、或いは単にそうしなければ目が覚めた瞬間に跡形もなく消えてしまう考えや印象を覚えておけるように仕組まれているのです。

これまで、数え切れないほど多くの創造的、飛躍的発展が夢の力によってなされてきました。芸術の分野に於いても、科学の分野に於いても、です。元素の周期表や DNA の螺旋構造などは潜在意識が夢を見る人が覚醒している時には解くことのできなかったパズルを夢を見ている時に解いた事例のほんの2つに過ぎません。ですから、こうしたインスピレーションを求める過程で、ひとが夢の状態により簡単にアクセスし、それを思い起こそうとするテクニックを発展させて来たことは、別に何も驚くには値しないことなのです。例えば、発明家のトマス・エジソンは、自分の研究室で、片手に鋼鉄球を持ち、一対の金属版の上にかがみ込んだ状態で軽い睡眠をとることを習慣にしていました。眠りに落ちてしまうと、鋼鉄球が落ちてガシャンという大きな音がするので、すぐに目を覚まさないわけにはいかないのですが、その時彼はすぐさま覚えていることを書き留めていたというのです。芸術家にとって、或いは、創造的な自己表現の道を追い求める人にとっては、夢は果てしないインスピレーションの海となり得るでしょう。

勿論、夢はまた、芸術そのものにとって永遠のモチーフでもあるわけです。フィクションとしては世界最古の物語の中で、英雄ギルガメッシュは無敵の斧と降り来る星々の夢を見るのです。エドガー・アラン・ポーやルイス・キャロルの奇怪な夢の世界から、「オズの魔法使い」や「インセプション」といった映画に至るまで、主に、或いは完全に夢の風景で繰り広げられる物語を経験するのですが、そこでは目ざめている時の人生に対して死刑執行前の短い懺悔の時間が与えられ、通常の、意識している世界の秩序が覆されていくのです。更に、ヴィジュアル・アートの世界では、シュールレアリスムの運動がこの種の転換を明確な形で求め、夢の時間が目ざめている状態では忘れられてしまうことから救い出し、これを芸術活動の中心に据えたのです。この運動の創始者アンドレ・ブルトンは、「シュルレアリスム第一宣言」の中で次のように訴えました。「ふつうの観察者にとって、覚醒中の出来事と睡眠中の出来事とのあいだに極端な重要度、深刻度のちがいが見られることは、いつもわたしをおどろかすのにじゅうぶんだった」と。

[訳者注。以下「シュルレアリスム宣言」からの引用は何れも岩波文庫版巖谷國士訳による。]

ごく平均的な人間は人生のうちの十年またはそれ以上の時間を夢の国で過ごすことになるのですが、このことはある一つの疑問を投げかけずにはいられません。つまり、私たちが夢で経験することは、私たちが起きている間に経験することよりも少ないのだろうか、ということです。これに対してブルトンは強い口調で「ノー!」と答えるのです。それを彼は、「未知のものを既知のものに、分類可能のものにひきもどそうとする始末におえない狂癖」なのであると批判し、現実主義と合理主義とを「凡庸さと、憎しみと、つまらぬうぬぼれとの産物」であるとして拒絶するのです。その凡そ1世紀後、シュールレアリスムは現代芸術の強力な推進力となり、私たちが「バーニングマン・アート」と言えば思い出すものがシュールレアリスムの正典に収められているか、或いはそれに付随するものとなったのです。

こうしたシュールレアリスムに力を与える夢を見ている時と目が覚めている時の意識の再統合は、どれだけ多くの人々が自分のバーニングマンでの経験を、ドラッグなんか使用しなくてもサイケデリックな状態に近づける、覚醒した状態での夢として表現しているかということを大いに感じさせるものです。それは単にシュールレアリスム芸術を毎年プラヤに散らかして回るというだけでなく、環境そのものですらあるのです。あたかもサルバドール・ダリのカンバスからそのまま抜け出してきた荒涼とした異世界の風景にも似た。

「あなたの夢を凧を揚げるようにこの空間に向かって投げなさい。
その夢が何を連れて戻って来るか、そんなことはわかりません。
新しい人生、新しい友だち、新しい愛、新しい国なのかもしれません。」(アナイス・ニン)

自分たちの夢を現実の世界に於ける行動へと昇華させるのはバーニングマン文化の特徴的な側面と言えます。自らの持つビジョンを内面で変化させるだけでなく、外面に、具体的な形にして表現するのです。現実の世界が描く弧を空想的な方向へと大きく曲げて、そこに世界を導くのです。

こうした意味で夢を語る時、勿論私たちは REM 睡眠の時にピクピクと痙攣する瞼の裏で起こっていることを話しているわけではなく、もっと大きな、未来というものに対する私たちの希望やあこがれという意味で語っているのです。ひとが「夢を生きる」ことを語る時、大抵はおしゃべりカラスと会話するとか、素っ裸でスピーチを行うことを言っているわけではありません。そうではなく、自分たちの心の底からの願いや要求を実現していける方向で人生の選択をしていくことを言っているのです。人生の選択というものを単に状況任せに受け入れるのではなく。

私たち皆が知っているように、これは実際には言うよりも遥かに難しいことです。メディアや広告が偽物の欲求を駆り立てたり、ソーシャルメディアが絶え間なくつぶやき続ける世界では、自分が本当に求めているのが何なのかを知り、社会的統制、或いはもしかすると自分自身の意識が引いたチョークの線の外側に生きようとする、自分の内なる真の声、本音に気づき、その声に従うことさえ難しいと多くの人が感じているのです。

「自己変革の経験」というタマネギの皮を一枚ずつめくってバーニングマンの参加者である「バーナー」たちに具体的にはどのように変わったのですか? と聞けば、その答えの殆どはそれほど驚くべきものではないでしょう。仕事を変えた人、住所を変えた人、好ましくない腐れ縁を切った人等々。そしてこうした人たちの多くはその後に創造的な探究を始めるか、或いはそうした探究の道に戻るかしているのです。読みかけになったままの小説の埃を払い、楽器を取り出し、絵を描き始めるのです。それは必ずしもそうしたことを新しい仕事として始めるというのではなく、自分自身のために行うのです。

バーニングマンの「十か条の根本理念」にある「Radical Self-expression(本来のあなたを表現する)」の “radical” という言葉は、何も「極端に」とか「急進的に」ということを言っているのではありません。そうではなく、ひとの内面の奥深いところにある自己、文字通り皆さん自身の存在の根から湧き上がって来るもののことを言っているのです。この理念は創造的な表現というものを、マーケットのトレンドや流行で美しいとされている価値観に従うのでなく、その人独自の二つとない世界観に基づいて行うことを示唆するものなのです。繰り返しになりますが、自分の内面の真実というものを見つけることはたやすいことではありませんし、それを具体的な形にして世界に示すのも同様ですが、バーニングマンを経験することには、こうしたことが現実になるのを助ける触媒のような側面があるのです。

[訳者注。日本語では普通 “radical” を「根本的に」とか「徹底的に」と訳しますが、英語の元の意味は「根っこ」のことを指します。根っこから覆すので「根本的」、「徹底的」、「過激」という訳語になるのです。]

そうしたものの一つが、ブラックロック・シティにある非商業エリアで、ここで多くの人が生まれて初めてブランドのロゴや、商売目的の営業や、経済的な地位を示すマークなどが溢れていない世界に接することになるのです。通常の生活では常に背景で動いているこうしたものがトーンダウンされることによって、自分自身の気持ちというものがより直接的に感じられるようになり得るのです。

二番目にお伝えしたいのがバーニングマンの文化にある、「パーミッション・エンジン」と呼ぶ人たちがいるもので、これは、とてもあり得ないようなアイデアに対して「イエス!」という反応が熱狂的な形で返って来るのを耳にすると思いますが、この熱狂的な「イエス!」こそ、支援と協力の大きなうねりとなっていくものなのです。

「世界は夢想家を必要とし、世界は実行家を必要とする。
 しかし、世界が何より必要とするのは実行する夢想家である。」(サラ・バン・ブラナック)

パンデミックという不眠がもたらした長い長い霧の中で、この間錨を下ろすことなく睡眠と覚醒の間を漂流し続けて来ましたが、そろそろ再び未来を想像し始める時が来たようです。2022年にブラックロック・シティに戻る時、3年という月日が経っているでしょう。それは希望と願いとが抑圧され続けた千を超える昼と千を超える夜であり、今やこうした希望や願いが私たちの深奥にある魂の中でとぐろを巻き、ブラックロック沙漠のまっ白なカンバスの上に躍り出ようとしているのです。たとえそれが芸術的表現の夢であろうと、断絶した社会で他の誰かとつながろうとする憧れの気持ちであろうと、或いは単により意味のある、より本物の人生を生きようとする願望であろうと、バーニングマンは夢が実現し得る、いえ、実現する場なのです。

     *   *   *

さぁ、この起きて見る夢を、音楽でどう表現しましょう。
楽しみにしていて下さいね!^^

2022年8月31日水曜日

【RL】 案外悪くない戦争映画「ミッドウェイ」

そう、前に書いた「案外悪くない SF 映画「ムーンフォール」と
同じようなタイトルなのは、僕にとっては珍しい
ローランド・エメリッヒ監督作品レビュー3連発だからだ。

前にも書いた通り、有名な「インディペンデンス・デイ」代表される
この監督の作品を僕はあまり買っていない。
殊「インディペンデンス・デイ」に関して言うと
未知の知的生命体に対する勝利というのが
あまりに楽天的過ぎるからだ。
アメリカ人が団結すれば宇宙から来た知的生命体だって
やっつけることワケないぜ〜、みたいな。
この監督が作った「ゴジラ」もそうだった。
後にハリウッドで作られたゴジラに与えられたような
神性はなく、やっぱりやっつけることが出来る相手なのだ。

その僕の評価が変わったのは「紀元1万年」であり、
新作の「ムーンフォール」だ。
何だかより神秘的な世界を描こうとしているのではないか、
そう感じさせるものがこの2つの映画にはあった。

なので、アマゾン・プライムで「ミッドウェイ」の配信が始まった時
僕は戸惑ったのだ。
ミッドウェイ海戦をテーマとした映画なら
1976年に公開された映画が一応の定番となっている。
定番とはなっているものの、この映画の戦闘シーンの多くが
当時のニュース映画や、公開された映画からの流用だったことや
(これより前に話題になった真珠湾攻撃を描いた日米合作映画
「トラ! トラ! トラ!」からのカットすらあった。w)、
日本人が皆英語を喋る違和感などいろいろと問題があったよう。
「インディペンデンス・デイ」のローランド・エメリッヒ監督だと
きっと日本を怪物のように(ゴジラがそうであったように)
描くに違いないので、今更見たくないよね、と感じたのが
正直なところなのです。

が、ちょうど「紀元1万年」や「ムーンフォール」を観て
この監督に対する関心が湧いて来た時期だったので、
「観たい!」という欲求の方が勝ったわけなのです。
で、観てみたところ、案外面白い。
正直、この監督の映画の中で一番まともかも、と感じたくらいです。

何が面白かったかというと、大体アメリカ目線で作られる映画だと
日本側の考証がしっかりしてなくて、これまでの映画だと、
例えば御前会議や軍議が神社のようなところで立って行われたり、
日本人が頭の悪いサルのように滑稽に描かれていたりして
観てるだけでムカムカと腹が立ってくるものが多いのです。
それが変わって来たのはクリント・イーストウッドの
「硫黄島2部作」あたりかもしれないですね。
で、今回のミッドウェイが面白かったのは、
米軍が日本軍をとても怖れていたという視点。

第二次世界大戦はあくまでもヨーロッパの戦争で、
アメリカは静観を決めていた。
つまり、戦争には関わらないというスタンスだった。
それが日本軍による真珠湾攻撃で一変した。
アメリカも戦争を戦わなければならなくなったのだ。
真珠湾攻撃を受けたアメリカは、上級将校以下、
日本には最高のパイロットが揃っている、
日本の軍艦も空母も世界一、これにどうやって打ち勝つのか、
と、アメリカにとってはミッション・インポッシブルだったという点。
それから、空母や戦艦に飛行機で体当たりする特攻隊は
日本軍にしかできなかった決死の行為として描かれることが多いのに、
ここでは空母に突撃するのはアメリカ海軍の航空隊なのだ。
そしてその決死の行為によってこそ、日本の空母の能力を
削ぐことで、その後の戦況を有利にした、という描き方だ。

また、戦艦大和の撃沈に関して、子供の頃に教わったのは、
時代は戦艦から航空機に移っていたのを日本の軍部が
判断できなかったからだ、というようなことでしたが、
この映画で面白いのは、米軍は勿論日本軍も、
敵の航空母艦を撃沈することこそ勝敗の分かれ目と見て、
それぞれ敵の残った艦船の撃沈を試みた、という点です。

アメリカ側は日本の暗号を解読して日本軍の動きを読んでいますが、
日本側も相手の動きを元に、これはワナだな、と感じ取ったり
互いの神経戦というかインテリジェンス戦というか、
どちらか一方が優位というのではない、描き方が素晴らしい。
恐らく、戦場に出ていた指揮官たちの
それが現実ではなかったかと納得させられるものがありました。

まぁ、そんな中では國村隼さん演じる南雲中将は判断甘過ぎで
滑稽にすら感じさせられる一方、
浅野忠信さん演じる山口多聞少将が常に判断が冷静で
かっこよすぎるんですけどね。w

細かい点を突っ込めば、いろいろと史実と違うところは
あるんでしょうが、ここまで米軍と日本軍を同じレベルで描いた
映画はなかったかもしれないと思うくらい、
そして、米軍の主人公たちにも、日本軍の主人公たちにも
頑張れ〜、と応援したくなった戦争映画はないです。
疑心暗鬼で観始めたものですが、1976年のものより
ずっと出来がいいんじゃないでしょうか。
そう、ローランド・エメリッヒという監督が撮ってきた
数々の SF 作品よりずっと出来のよい、この監督の作品としては
一番いい作品なんじゃなんじゃないか、
そんなことを感じたヒロシなのでした。

オススメです!^^

2022年8月30日火曜日

セカフェス最終日・その2〜1日の終わりはピアノの聴き比べで

セカフェス最終日の報告の続きです。
最終日の夜の部、ステージのトリを務めるのがるぅさんということは
前から知っていましたが、同じ夜の部の出演者に
「熊本マリ」の名前を見つけて、え? と思ったのでした。
熊本マリさんて、あのクラシックのピアニストの熊本マリさん?
それとも同姓同名の人?
そう思ってイン・ヤン先生に聞いたら、やはり「あの」熊本マリさん
と仰るではないですか。
その方がまたどうして SL の、しかもセカフェスというイベントに
ピンポイントで参加されるのか、とても不思議に感じたのです。
その経緯などはご本人が MC の中でさらっと仰いましたけどね。^^

まぁ、何にしてもクラシックの世界で活躍されている方が、
SL のステージに登場して演奏を披露下さるというわけですから、
やはり鍵盤弾きとしてはとても気になるわけです。
そして同じ夜の部の枠でその熊本マリさんとるぅさんが登場するなら
やはり鍵盤弾きとしては絶対に見逃せないわけです。
お二人のスタイルが全然違うことは最初からわかっているものの、
それぞれがどんな演奏や MC を披露して下さるのか、
とても興味津々だったわけです。
やはり鍵盤弾きとしては(これ今日3回目)、
素晴らしい演奏に接すると、よっしゃ自分もやったるで! と
次に向かうための大きな刺激を与えられるわけですから。

そんなお二人のステージをごくごく簡単に報告させて戴くと。。。
まず熊本マリさんですが、登場されるや、やー、RL のご本人そっくり!

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きっと裏では先生が頑張ってコネコネされたに違いないと
勝手に想像するヒロシ。w
自分の顔ももうちょっとコネコネしないとなぁ、とか
関係ないところまで考えが飛んでいきます。
いや実際、イン・ヤン先生はずっとステージの袖に立たれて、
パーティクルとか背景のイメージとか演出をされてましたね。^^

マリさんご本人は、確か以前 NHK か何かの番組で
司会をされていたのを見たことがあるような気がしますが、
喋りは慣れてらっしゃるというか、面白かったですねー。
確かに上の写真、忍者風の出で立ちなのですが、
自分はスパイになりたかった、いや今もなりたい、と仰る。w
果てはピアニストとスパイは共通するものがある、とまで。w
演奏の方はご本人が得意とされるのはスペインの作曲家や
J・S・バッハの音楽なのでしょうが、
そうした曲の合間に皆さんお馴染みの曲を挟んだりして
とても親しみやすいステージになっていたのではないかと感じます。
そうそう、グールドと会った時の話は感動的でしたねー。
僕もグールドの演奏に接して、あんな風にバッハを弾きたいと
刺激を受けた人だけに、とても興味深く聞かせて戴きました。

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さて、そしてセカフェス最後のステージはるぅさんの登場です。
るぅさんのステージは全体としてはご自身で仕込まれた
バックトラックに合わせての演奏が多かったように思います。
お馴染みの曲や、以前るぅさんのステージで聞いたことある曲など
殆ど MC を挟まずにどんどん弾き続けていらっしゃいました。
バックトラックがある分とっても盛り上がったひとときでしたが、
鍵盤弾きとしては(今日4回目)、もう少しピアノのソロがあっても
よかったかなとも感じました。
と言うのも、初めてるぅさんの演奏を見た時、
本来ギターやベースやドラムが出すような音も
ぜ〜んぶピアノ1本で表現されていたからなのです。
すげーなー、と。
それだけに、最後はアンコールで「千のナイフ」を
ピアノのソロで演奏して頂いたのがとってもよかったです。^^

そう。その「千のナイフ」の素敵な演奏で、
静かに一日を終えた僕は眠りに就いたのでした。。。

え? あ、はい、わかってます。
そのあとは静かでない「たらい海戦」で皆さん盛り上がったはず。w
邪払さんやありんさんには申し訳ないですが、
翌朝が早かったので、「たらい海戦」はごめんなさいして
とっとと寝てしましました。^^;
なので僕にとってのセカフェスはマリさんとるぅさんの
素敵な演奏で終わったのでした。www

何にしても怒濤の、そして楽しい週末になりました。
皆様、またどこかで楽しい時を共に過ごしましょう。
おやすみなさい。。。

■第5回セカフェス3日目
 <夜の部>
・日時:2022年8月28日(日)20:00〜
・会場:セカフェスステージ
・出演:
    ① 20:00〜20:50 熊本 マリ
    ② 21:00〜21:50 DJ Colling Allen
    ③ 22:00〜22:50 Rulie Cisse(るぅりぃ ちせ)
    ④ 23:00〜   たらい海戦(海上)

2022年8月29日月曜日

セカフェス最終日・その1〜ヒロシのライブありがとうございました!

昨日はセカフェス最終日でした。
昼と夜とありましたので、まずは簡単に昼の部の報告をば。

昼の部は14:00、Piatto さんでスタートしました。
残念ながら、僕は次の 15:00 からの自分のステージの準備で
最初の1曲と最後の1曲しか聴けなかったんですけどね。
それでもやっぱり明るく楽しく元気な Piatto らしいステージでした!

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二番手はヒロシ。
MC でも喋りましたが、何をやるか、
セットリストが決まったのが土曜日の午後。
ピアノのソロの曲を1曲やろうと思ったのと、
次に発売予定のアルバムに収録予定のものをやろうと
思ったのはよいのだけれど、次のアルバム用の曲というのは
これから録り直しするもの。
というわけで、ライブでバックに流すためのトラックの準備が
全部終わったのは何と Piatto さんの開演時間、
つまり本番1時間前でしたよ。w

ステージでは、そんなアルバムに収録予定の曲たちを
第1回のセカフェスに、僕としては初めて大きなイベントに
参加した時からの思い出話などを交えながら演奏させて戴きました。
その演奏風景をある方が撮って下さいましたので、
折角なのでここに上げておきますね。

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そうそう、夏まつりですからね。
浴衣でステージに上がりましたよ。www

そして昼の部のトリは Step Up! のもちさん、
今回はソロで弾き語りでの登場でした。
流石に歌もギターも素晴らしかったですねー。

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そう、歌も演奏もカッコイイ、爽やかなんだけど、
時々ボケが入るのがまた笑いを誘って親しみがあってよかったですね。
最後の感動的な締め! となるところで、
いきなり PC の電源が切れそうになったりモデムの線が抜けたり?
というハプニングが!
誰かではないですが、ハプニングあっての楽しい SL イベント
なのかもしれません。

取り敢えず、昼の部はこんなところで。
ヒロシのステージの時間帯にもたくさんの人にお越し頂き、
またチップもたくさん頂いてありがとうございました!
この場をお借りして御礼申し上げます。
また次の機会を楽しみにしていて下さい。^^

■第5回セカフェス3日目
 <昼の部>
・日時:2022年8月28日(日)14:00〜16:50
・会場:セカフェスステージ
 ① 14:00〜14:50 Piatto(オリエヨウコ)
 ② 15:00〜15:50 Hiroshi Kumaki
 ③ 16:00〜16:50 もっちー(ソロライブ)

<ヒロシのセットリスト>
 1. ONE(オリジナル・インストバージョン)
 2. Sailing
 3. 霞か雲か
 4. Peace〜やすらぎ
 5. 松島
 6. Children's Play
 7. Make the Miracle Happen

2022年8月28日日曜日

【イベント】 第5回セカフェス最終日〜ヒロシのライブは 15:00 から!

週末の金曜日い YMB のパレードで幕を開けました
第5回セカフェス、あっという間に最終日の日曜日を迎えました!
本日も14:00から昼の部、20:00から夜の部の2部構成で、
昼は Piatto さん、もちさんと僕という、
どちらかというとバンドサウンド的なミュージシャン3組、
そして夜は RL ではクラシックの世界で活躍されている
ピアニストの熊本マリさんが何と SL のセカフェスステージに登場、
その後に登場する、SL でピアノと言ったらこの人、
というるぅさんとの聴き比べも一興かと存じます。
イベントの締めは勿論「伝統の」たらい海戦、
このためにりゅうのすけさんが SL に戻って来て下さるというのも
嬉しく、楽しみなことですね。

というわけで、はい、ヒロシの出演は 15:00、
昼の部の2番目になります。
どちらかというと YMB の準備に力を注いでいたので
自分のステージで何やるかは全くのノーアイデアだったのですが、
その YMB のステージを経て、ありんさんと邪払さんのトークを
聞きながら、何をやるのがいいか、大体決まって来ました。
是非楽しみにしていて下さい。会場でお会いしましょう!

■第5回セカフェス
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●3日目:2022年8月28日(日)
 ・会場:セカフェスステージ
 <昼の部>
 ① 14:00〜14:50 Piatto(オリエヨウコ)
 ② 15:00〜15:50 Hiroshi Kumaki
 ③ 16:00〜16:50 もっちー(ソロライブ)
 <夜の部>
 ① 20:00〜20:50 熊本 マリ
 ② 21:00〜21:50 DJ Colling Allen
 ③ 22:00〜22:50 Rulie Cisse(るぅりぃ ちせ)
 ④ 23:00〜    たらい海戦

■イベント公式 HP

2022年8月27日土曜日

第5回セカフェス初日!〜YMB のオープニングパレード&コンサートありがとうございました

いよいよ始まりました第5回セカフェス!
初日の昨晩はわが横浜マーチングバンドのパレードとコンサートで
幕を開けました。
パレードは昨年までセカフェスが行われていた Purple Wing で行い、
その後今年のセカフェス本会場がある Yumix Land に移動して
ステージでマーチも演奏を行うというもの。

しか〜し!
何があるかがわからないのがセカンドライフ。
何と、当日になってネット回線が繋がらなくなったり
PC の不調で SL にインできなくなったり、
参加できないメンバーも出てきました。><
そうなんです。
複数のメンバーが揃って初めて成り立つYMBのようなグループの場合
特に平日のイベントだとこういうことが起こり得るんですよね。
僕自身、普通に仕事が終わって家に帰ったのではギリギリになって
気持ちの余裕がなくなりますので、
昨日はこのイベントのために会社を早退したくらい。w
早い時間から準備を始めましたが、
あっという間にイベントの時間になりましたね。

それでも!
とにかく集まることのできたメンバーで担当楽器の変更をしたりして
時間通りにパレードを開始しました。
Purple Wing の飛行場、格納庫の前から出発、
見に来てくれたお客さんもパレードの列に加わって行進開始です。
まず最初に滑走路となっている飛行場の広い草地を一周、
その後南に向かう農道のような細い道に入って、市街地に向かい、
そこからまた格納庫の前に戻ってくるコースです。

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Courtesy by Jabara Jannings

写真は自分では撮影できないので、
これは邪払さんの生配信の動画からのカットです。
邪払さん、記録に残しておいてくれてありがとう!

さて、Purple Wing でのパレードが終わると Yumix に移動。
そして、移動後も再びパレードの列を組んで
恰も Purple Wing からそのまま行進して来たようなイメージで
ステージ前までパレードしながらの登場です。
ステージの前に着いたらメンバーはステージ上に移動、
予定の時間になったところで、イベントのオープニングですもの、
景気づけに元気のよいマーチの曲3曲を演奏しました。

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Courtesy by Jabara Jannings

まぁ、当日になってハプニングはあったものの、
何とか予定していたイベントを行うことができよかったです。
コンサートの時の MC でも話しましたが、
このセカフェスを皮切りに、YMB の活動も少しずつ再開できればと
そのように考えています。
新しいメンバーも常時募集しておりますので、
ご興味のある方、是非お声かけ下さい。

最後にパレードにご参加頂いた皆様、
コンサートに駆けつけて下さった皆様に御礼申し上げます。
ありがとうございました!

■第5回セカフェス
●オープニングパレード
・日時:2022年8月26日(金)20:40〜21:00
・会場:Purple Wing
・出演:横浜マーチングバンド(YMB)
・曲目:winds Seiling「SL 行進曲」

●オープニング・コンサート
・日時:2022年8月26日(金)21:30〜21:50
・会場:セカフェスステージ
・出演:横浜マーチングバンド(YMB)
・曲目:
    1. J・F・ワーグナー「双頭の鷲の旗の下に」
    2. C・ツィマーマン「錨を上げて」
    3. 瀬戸口藤吉「軍艦」

2022年8月25日木曜日

【イベント】 いよいよ明日開幕!〜第5回セカフェスのオープニングは YMB!

タイトル通りです。
いよいよ明日になりました、第5回セカフェス。

昨年まではソロでのんびりと土日に出演させて戴いていましたが、
今回は、オープニングを吹奏楽で華々しく飾ろうと
平日金曜日のトップを YMB が担当することになりましたので、
出演メンバーのみんなも含めて、仕事終わって駆けつける感じで
全く余裕がありませ〜ん!^^;
果たして全員時間に集まれるのか、滞りなく演奏できるのか、
既にハプニング必至の予感のするオープニングであります。

そう、ハプニングもまた楽し!
そんな YMB のパレードとコンサートを是非お楽しみ下さい。
パレードの音はパレードしているメンバーから出ていて
土地も音楽ではありませんので皆さんも一緒に付いてきて下さい。
パレードとコンサートでは会場も変わりますので
下の案内をよく見ていらして下さいね。
会場でお会いできるのを楽しみにしています!

■第5回セカフェス
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●オープニングパレード
・日時:2022年8月26日(金)20:40〜21:00
・会場:Purple Wing
・出演:横浜マーチングバンド(YMB)

●オープニング・コンサート
・日時:2022年8月26日(金)21:30〜21:50
・会場:セカフェスステージ
・出演:横浜マーチングバンド(YMB)

●1日目:2022年8月26日(金)
 ① 22:00〜22:50 DJ ARIN
 ② 23:00〜23:50 じゃばら&ありん トーク

2022年8月21日日曜日

第4回セカフェスの動画が一挙公開!

さて! 週が変わっていよいよ今週末の金曜日に迫った
第5回セカフェス、直前の準備でバタバタしているヒロシです。
や〜、今回は YMB とソロでの2回出演なのですが、
YMB の方が出演メンバーとの調整がありますので
こちらの作業にかかりっ切りで、ソロの方は何やるか、
今のところ全くのノーアイデアなのであります。
YMB の作業が一段落付いたら何か考えられるのでしょうが。。。

そんな折も折、しんさんが昨年第4回セカフェスの動画を
一挙9点公開して下さいましたぁ! イエ〜イ!
僕も自分の動画を確認していて、そうかぁ、
去年はこんなことやってたなぁ、とか、演奏時には見れていなかった
会場でのみなさんのやりとりに吹いたりとか、
なかなかおもしろかったですね。

そんなわけで、第5回の開催を前に、第4回の動画を見て
予習してみられるのはいかがでしょう?^^

<1日目:8月20日(金)>
・Rulie Cisse(るぅりぃ ちせ)
 

<2日目:8月21日(土)〜昼の部>
・らりるーラジオ(和久井実)
 

・RiZ☆Rie/Zun
 

・Natulax(ナチュ)
 

<2日目:8月21日(土)〜夜の部>
・Step Up!
 

・The Black Stripes(黒縞屋)
 

・Hiroshi Kumaki
 

<3日目:8月22日(日)〜昼の部>
・Piatto
 

・キャラバンキョウコ
 

2022年8月13日土曜日

【RL】 案外悪くない SF 映画「ムーンフォール」

※警告! この記事は映画のネタバレを含みます。

もう何週間か前のことになりますが、観ましたよ、
アマゾン・プライムで宣伝してるローランド・エメリッヒ監督の映画
「ムーンフォール」。
正直、この監督の映画、個人的にはあまり評価してないんですよね。
全体にヴィジュアルが派手なのですが、ストーリー的には
B 級 SF 映画、といった感じなので。
例えば、この監督の代表作と言ったらやっぱり何を措いても
「インディペンデンス・デイ」でしょうが、
プロットは H・G・ウェルズの『宇宙戦争』の域を脱してないし、
その『宇宙戦争』は人間に撃退できなかった火星人を
人間が下等と見做しているバクテリアが撃退してこの星を守った、
という警句に満ちているのに対し、
「インディペンデンス・デイ」は結局人間の知恵と勇気で
未知の来訪者を撃退できちゃうというおめでたいお話なので。。。
とまぁ、私の評価は低いのだけれど、
やっぱり、「月が落ちて来る」という設定は魅力的なわけで
結局観ちゃったわけなんですね。

それで結論です。
これ、ちゃんとした SF 映画です。案外悪くないです。
アマゾン・プライムで公開が始まってすぐに何人かの人が
レビュー記事を書いていましたが、全体的には評価低い感じ。
この監督の場合はやはり代表作の「インディペンデンス・デイ」と
比べてどうか、という話になりがちで、私の印象としては
「インディペンデンス・デイ」に比べてつまらない、
という評価が多かったような。
でも、僕の評価は逆なんです。
最初に書いたように「インディペンデンス・デイ」そのものが
イマイチと感じているので、それよりは遥かによい、
と感じた次第です。
それは、これも前に書きましたが、僕の中で最高の SF 映画は
「2001年宇宙の旅」なのです。

SF って宇宙を舞台にしたり、宇宙人が出てきたら
それでいいわけではないんです。
タイムトラベルものとかもありますが、
一つには、私たちの思考、知性を刺激する要素と
もう一つには黙示録的な要素が欲しいところなんです。
というのも SF とは Science Fiction(空想科学小説)でもあり、
Speculative Fiction(思弁小説)でもあるからです。
「2001年」にはこれらの要素が全て詰まってるんです。

で、「ムーンフォール」。
月が落ちて来るということ自体おもしろいのだけれど、
実は地球の月は巨大な人工構造物だった! という内容。
主人公たちはその構造物の奥深くへと入って行き、
地球創成の真実を知ることになるのです。
いや、この発想は面白い。
というか、月がどうして生まれたかにはいろんな説があって、
隕石との衝突によって地球の一部がもぎ取られたものとか
他から来た衛星を地球が捉えたとかあるのですが、
以前から、何故日食や月食が起こるのか、
即ち、何故月の大きさや位置は、地球から見て
太陽と同じ大きさに見え、互いに重なるような位置にあるのか、
偶然にしては出来すぎている、
数学的に計算された上の大きさや位置ではないのか、
例えば地球上のピラミッドなどの古代遺跡がそのように
造られているように。。。

となると、これはまたまた「古代宇宙飛行士説」ですよ。
ちょっと前に、同じローランド・エメリッヒ監督の
「紀元前1万年」が古代宇宙飛行士説を描いているのに、
制作側があまりそれを理解してなかったのか中途半端で残念、
という記事を書いたけれども、どうもこの監督、
この説をとても気に入っている、或いは気になっているようですね。
そう言えば、同じ監督の「2012年」も古代マヤ暦が元になっていて、
私も影響を受けたグラハム・ハンコックの『神々の指紋』に
インスパイアされた旨、公言されていますよね。
その意味では、この監督作品の僕の評価は、
今回の「ムーンフォール」が1位で、次が「紀元前1万年」かな。
いや、「紀元前」の方はかなり落ちるのだけれど。。。
「2012年」は、マヤ暦がもっと活躍すればよかったのだけれど、
ただのパニック映画ですね。。。

さて、あるレビュー記事では、レクサスを宣伝するための
シーンや役どころがあった、なんていうのも見かけましたが、
僕が気になったのは「カスペルスキー」の文字が少なくとも2回
どちらも一瞬だけ、しかし存在感を持って表示されていたことですね。
カスペルスキーはロシアのセキュリティー企業で
確かアメリカからは追い出されたはずだったので
何故ここでカスペルスキー? と気になったのでした。w

というわけで、結構おもしろい映画ですよ。
オススメしておきます。^^

2022年8月12日金曜日

【イベント】第5回セカフェスまであと2週間!@@

8月に入って初めての日記です。
なのにもう8月も半分終わっちゃったんですよね!^^;
そして、邪払さんからお話を頂いた時はまだ随分先と思っていた
第5回セカフェス、いよいよ二週間後に迫りましたよ!@@

今年の初め、YMB SIM がなくなるということで、
急遽イベントを開催して、パレードやコンサートをやりましたが、
その時邪払さんから、やっぱり、パレードはいいねぇ、
今年のセカフェスで是非やろうよ、とお声かけ頂いたのです。
そうそう、邪払さんもれっきとした YMB のメンバーなんです。w

何を隠そう、僕が初めて YMB を観たのは第1回セカフェスの時で、
それは当時から知り合いだったなださんが出演するというので
(あと他にも何人か知り合いはいた。。。)
応援の意味で観に行ったらこれがおもしろかった。
その時は winds 隊長もあおいちゃんのことも知らなくて、
まさか、自分がそのバンドに参加するなんて思ってなかったです。w
そんなこともあって、邪払さんから是非セカフェスで、と言われて、
いいねぇ、と思っていたのです。

その第5回セカフェスでは、初日、8月26日のオープニングで出演、
やはり、マーチングバンドは賑やかしですからね、
パレードだけでなく、演奏も行って
お祭りを盛り上げたいと思っています。
但し、今回はパレードとコンサートは会場が別々で、
昨年までの会場だった Purple Wing SIM でパレードを行い、
その後ステージのある Yumix Square Central Park に移動して
コンサートを行う、という段取りになっています。
両方観たい方は、是非バンドメンバーに付いて来て下さいね。w

そんな中、昨日は、Purple Wing でオーナーの Tina さんも参加して
パレードの秘密練習を行いました。
なかなか面白かったですよ〜。
是非 8月26日の本番をお楽しみに!

というわけで、以下、第5回セカフェスの案内です。
メタヴァースが盛り上がってる今日この頃、
是非多くの人がセカンドライフのイベントを
楽しみに来てくれるといいな! と思ってます。
是非周りの方へのお声かけ、よろしくお願いします。m(_ _)m

■第5回セカフェス
 220812a

●オープニングパレード
・日時:2022年8月26日(金)20:40〜21:00
・会場:Purple Wing
・出演:横浜マーチングバンド(YMB)

●オープニング・コンサート
・日時:2022年8月26日(金)21:30〜21:50
・会場:セカフェスステージ
・出演:横浜マーチングバンド(YMB)

●1日目:2022年8月26日(金)
 ① 22:00〜22:50 DJ ARIN
 ② 23:00〜23:50 じゃばら&ありん トーク

●2日目:2022年8月27日(土)
 <昼の部>
 ① 14:00〜14:50 未定
 ② 15:00〜15:50 チビちゃんと愉快な着ぐるみダンサーズ
 ③ 16:00〜16:50 SilverHAZE Koenkamp(銀ちゃん)
 <夜の部>
 ① 21:00〜21:50 kanaラジオかな(Kana Mordly)
 ② 22:00〜22:50 スベり知らぁーズ(あん・すん・みん)
 ③ 23:00〜23:50 DJ 竹内ぽっぷ

●3日目:2022年8月28日(日)
 <昼の部>
 ① 14:00〜14:50 Piatto(オリエヨウコ)
 ② 15:00〜15:50 Hiroshi Kumaki
 ③ 16:00〜16:50 もっちー(ソロライブ)
 <夜の部>
 ① 20:00〜20:50 熊本 マリ
 ② 21:00〜21:50 DJ Colling Allen
 ③ 22:00〜22:50 Rulie Cisse(るぅりぃ ちせ)
 ④ 23:00〜   たらい海戦

■イベント公式 HP

2022年7月25日月曜日

【翻訳記事】『資本論』を読む(3)〜商品の2つの要素・使用価値と価値(その2)

前回は『資本論』冒頭の1節の前半を読みました。
マルクスの論法は明解で、

1. 資本主義社会の富は「商品の蓄積」として現れる
2. 従ってまず「商品」を分析することにする
3. 商品には使用価値と交換価値がある
4. 商品から使用価値を抜き取ったものがその商品の価値
5. 使用価値を抜き取ったあとに残るのは人間の労働

というわけで、もう最初の1節でマルクス経済学の
本質に近いところに迫って来るわけです。
それでは今日はその続きを見ていきましょう。

     *   *   *


   第1節 商品の2つの要素・使用価値と価値
      (価値の実体、価値の大きさ)〜続き

 商品自体の交換関係においては、その交換価値はその使用価値から全く独立しているもののように私たちの前に現れました。労働生産物から使用価値を取り除いてしまう時、その生産物の価値を手に入れることができる、これが今定義されたことです。商品の交換関係の中に、或いは交換価値の中に姿を表す共通なもの、それがその商品の価値なのです。研究を進めるにつれて、私たちは再び価値にとって必要な表現方法、或いは表現型としての交換価値に戻って来ることになるでしょう。しかし今は、これらの形から離れて価値というものを観察することにします。
 ある使用価値、或いは有用なものというのはたった一つの価値しか有していません。それはそれらの中に抽象化された人間の労働が具現化され、物質化されているからです。それでは、それらのものの価値の大きさはどのように計ればよいのでしょうか? それは、その中に含まれる「価値を形作る物質」、即ち、労働の量によって、ということになります。その労働の量は時間の長さによって計量されるもので、その労働時間には更にそれを一定の部分、即ち、時間だとか日だとかに切り分ける物差しがあるのです。
 もし商品の価値がそれを生産するために継続的に使用された労働量によって決定されるとすると、人が怠けたり不器用だったりするほどその商品の価値が高くなるように思えて来ます。というのは、それを製造するためにより多くの時間を必要とするからです。しかしながら、価値の本質を形成する労働というのは、人間による均一な労働のことを、即ち、同じだけの人間の労働力が使用されることを言っているのです。商品世界の価値に現れる社会全体の労働力は、一つの、均一な人間による労働力と見做してよいのです。それが数えきれぬほどの個々の労働力から成り立っているにも拘わらず、です。これら個々の労働力というのはそれぞれが他のものと同じです。その労働力が社会の平均的な労働力の性質を備えており、そのような社会の平均的な労働力として機能している限りに於いて。即ち、ある商品の生産に当たって平均的に必要とされるだけの労働時間、或いは社会が必要とするだけの労働時間がかかる限りに於いてです。社会が必要とするだけの労働時間とは即ち、利用可能な社会的な基準を満たした生産条件とその仕事を行うための社会的に平均的なレベルの熟練や集中力をもってある使用価値を産み出すために必要な労働時間のことなのです。例えば、イングランドに於いて蒸気機関による力織機が導入されて以降は、一定量の糸を布地にするには、それ以前と比べて恐らく半分の労働で十分でした。イングランドの手織物業者は、実際にこの糸を布地に変えるのにそれ以前と同じ時間がかかっていたのですが、一人一人が1時間の労働で生産できるものは、今や社会がその半分の時間の労働で生産できるものに過ぎなくなっていて、その結果、それ以前の半分の価格にまで下がることになったのです。
 このように、ある物の価値の大きさを決めるのは、その社会が必要とするだけの労働量か、或いはその使用価値の生産にその社会が必要とするだけの労働時間の何れかのみとなるのです。ここでは個々の商品は、一般的に言ってその商品が属する種類の平均的な見本と見做すことができます。このようにして、同じ大きさの労働量が含まれている商品、或いは、同じだけの労働時間によって生産され得る商品は、同一の価値を持つようになるのです。ある商品の価値と、他の商品の価値の比率は、あるものの生産に必要なだけの労働時間と、他のものの生産に必要なだけの労働時間の比に等しいのです。「価値として見るならば、あらゆる商品は労働時間を固めて明確な形を与えられた塊に過ぎないのである。」
 ここに於いて、ある商品の価値の大きさが変わらないでいられるのは、生産に係る労働時間が一定である、という前提に基づいています。しかしながら、後者の労働時間というのは、労働生産能力のありとあらゆる変化によって変わるものです。労働の生産能力は、実に様々な条件によって決定的されます。その中でも特に、平均的な労働者の熟練の度合い、科学とその技術の応用可能性の発展段階、その社会で各生産過程がどのように組み合わされているか、生産手段の規模とそれがもたらす効果の大きさ、そして自然の諸条件といったものが挙げられます。例えば、天候に恵まれた季節に8ブッシェルの小麦をもたらすのと同じ労働量で、不順な季節だと4ブッシェルしかもたらしません。同じ労働量を用いても、豊かな鉱山ではそうでない鉱山に比べて遥かに多くの金属を産出することができる等々です。ダイヤモンドは地殻の中に殆ど見出すことが出来ないので、これを手に入れるには平均的に多大な労働を伴うのです。従って、どんなにたくさんの労働を費やしたところで、ダイヤモンドは非常に少量しか採れません。金が未だ嘗てその価値に対して十分に支払われたことがあるか疑わしい、と言ったのはジェイコブですが、このことはダイヤモンドについてはもっとよく当てはまると言えます。エッシュヴェーゲによると、1823年には、ブラジルのダイヤモンド坑80年間の総産出量は、ブラジルの砂糖農園またはコーヒー農園1年半の平均生産量の価格に満たなかったというのです。ダイヤモンドの方が遥かに多くの労働力を要し、従ってより多くの価値を産むにも拘らず、です。豊かなダイヤモンド坑であれば、同じ労働量でより多くのダイヤモンドを産出でき、従ってその価格はより安くなることになるでしょう。より少ない労働量で石炭をダイヤモンドに変えることが出来れば、ダイヤモンドの価格は煉瓦よりも安くなることだってあるでしょう。一般的な言い方にまとめるとこうなります。即ち、労働の生産力が大きければ大きいほど、ある物の生産に必要な労働時間はより短くなり、従って、その物に集約された労働量はより少なくなり、従ってその物の価値もより小さくなるのである。反対に、労働の生産力が小さければ小さいほど、ある物の生産に必須な労働時間はより長くなり、従ってその物の価値もより大きくなるのである、と。故に、商品の価値の大きさは直接的にはその量によって変化し、また反対の方向としては、その商品に注ぎ込まれた労働の生産力によって変化するものなのです。
 ある物は使用価値として存在し、それ自身は価値を持ちません。これが当てはまるのは、労働を媒介とせずに人の役に立つものの場合であって、このようなものとしては、空気、人が入ったことのない未開の処女地、自然のままの草原、野生の樹木等々があります。またある物は、有用であって人間の労働による生産物でありながら商品としては存在しない、というものもあります。誰でも自分の生産物を通して自らの欲求を満たそうとする者は、使用価値を創造してはいるが、商品を創造していることにはなりません。商品を生産するためには、使用価値を産み出すだけでなく、他人にとっての使用価値、即ち社会的使用価値を産み出さなければならないのです。(但し、文字通り他の人のために生産すればよいというわけでもありません。中世の農民は領主に納める年貢としての穀物や僧侶に納める十分の一税ととしての穀物を生産しました。が、年貢としての穀物もにしろ十分の一税の穀物にしろ、他人のために生産されたからと言って商品とはならなかったのです。商品となるためには、生産物は他の人たちにとって使用価値としての役割を果たさなければならず、また、その物が交換されることによって広く伝播していかなければならないからです。)最後に、どんな物でも日用の役に立たないでは価値あるものとはなりません。もしそのものが役に立たないのであれば、その中に含まれている労働もまた役に立たないものであり、労働としては数えられませんから、故に何の価値も産み出さないのです。

     *   *   *

はい、以上が冒頭の第1節「商品の2つの要素・使用価値と価値(価値の実体、価値の大きさ)」の全文になります。
私の『資本論』の翻訳はこの後同じ第1章の第4節を予定しています。
ドイツ語で読み終わったところで再開しますので、
それまで気長にお待ち下さい。

それでは、また!

2022年7月24日日曜日

【翻訳記事】『資本論』を読む(2)〜商品の2つの要素・使用価値と価値(その1)

それでは、以下、冒頭の第1節をお届けします。
冒頭の一文、普通は関係節が頭に来るように訳すと思うのですが、
ドイツ語の出だし、 "Der Reichtum der Gesellschaften"
(英語版では "The wealth of those societies")は、
明らかにアダム・スミスの『諸国民の富』 (Wealth of Nations)
を意識していると思われるので敢えて日本語でも
この言葉が冒頭に来るようにしてみたものです。

     *   *   *

第1巻 資本の生産過程
 第1編 商品と貨幣
  第1章 商品

    第1節 商品の2つの要素・使用価値と価値
       (価値の実体、価値の大きさ)

 社会の富——とりわけ資本主義的生産形態が支配的な社会の富——は「夥しい商品の集合体」として現れます。そしてそれを構成する要素は、個々の商品という形をとっています。そこで私たちの研究は、まずその商品の分析から始めることにします。
 商品とは、第一に、自分の外に存在する対象、ある物であって、その属性を通じてある種の人間の欲求を満たすものです。これらの欲求の性質は、例えばそれが胃袋に由来するものなのか、或いは想像や妄想に由来するものなのかといった、そうした事情によって変わるものではありません。また、物がどのように人間の欲求を満たすか、食べ物のような、つまり快楽の対象として直接か、或いは生産の手段として間接的にか、ということもここでは問題にはなりません。
 有益な物というのはどのようなものでも、例えば鉄だとか紙だとか、そのようなものは二つの観点から観察することができます。つまり、質と量とです。このように有用な物というのはどのようなものでも、多くの属性から成る集合体であって、従って、様々な面に於いて有用となるのです。このような、物が持つ様々な側面と、そこから生じる多様な使用方法を発見するのは歴史的な仕事です。有益なものの量を測るための社会的基準を見つけることもまた然りです。商品を測る基準がいろいろあるのは、或いはその測られる対象の性質に、また或いは慣習に由来しています。
 ある物の有用性は、それ自身に使用価値というものを与えます。しかしながら、この有用性というものは、宙に浮いている存在ではありません。有用性は商品の物理的な形が持つ属性によって決まるので、その商品の形が持つ属性を離れては存在し得ません。商品の形というのは、例えば鉄だとか小麦だとかダイヤモンドとかであって、その形自体が使用価値、つまり役に立つ良い物となっているのです。これら商品の形が持つ特徴は、その使用属性を取得するのに人がどれだけ働いたか、その働きが多かったか少なかったかによって変わるものではありません。使用価値を考えるにあたっては、常にある明確に決められた量を前提とします。例えば、時計なら何ダース、リネンなら何ヤード、鉄なら何トン等といったように。この商品の使用価値は、ある特殊な学問、即ち商品学とも言うべきものに研究の材料を与えるものです。この使用価値が現実のものとなるのは、実際に使用された、或いは消費された時になります。使用価値は、富の社会的形態がどのようなものであっても、その富の物質的な内容を形成します。そして私たちが考えようとしている社会形態に於いては、使用価値は更に物質的な支えの器を形成するのです。即ち、交換価値です。
 交換価値は、まず量的な関係、つまりある種の使用価値が別な種類の使用価値と交換される比率として現れますが、これは時間や場所と共に常に変化する関係です。従って、交換価値は幾分偶然的な、そして純粋に相対的なものに見えますから、ある商品に内在する、その商品に固有の交換価値 (valeur intrinsèque) というのは形式矛盾 (contradictio in adjecto) であるように思えます。そこでこの事をもっと詳しく見てみることにしましょう。
 ある商品は、例えば1クウォートの小麦は、X個の靴磨き、Yヤードの絹、Zグラムの金等、一言で言えば、極めて異なった比率で他の商品と交換することができます。従って、小麦はただ一つの交換価値を持つのではなく、多様な交換価値を持っていると言えます。しかしここで、X個の靴磨き、Yヤードの絹、Zグラムの金は1クウォートの小麦との交換価値を持つわけですから、X個の靴磨き、Yヤードの絹、Zグラムの金は互いに交換可能な、または互いに同等な大きさの交換価値でなければなりません。ここで次の事が導き出されます。先ず第一に、ある商品の妥当な交換価値は、何かある同等のものを表しているということ。第二に、しかしながら、この交換価値というのは一般的に、商品に内在するもので、交換価値とははっきりと区別できるものの単なる表現方法、「現象形態」に過ぎないということです。
 2つのかけ離れた商品、例えば小麦と鉄を例にとってみましょう。その交換比率がいかなる値をとろうとも、それは常にある等式で表現できるのです。その等式に於いては、与えられた量の小麦に対してある量の鉄がバランスします。例えば1クウォートの小麦=aキログラムの鉄といったように。この等式は何を意味するのでしょうか。それは、2つの異なる物の間に、それ自身の大きさを持った共通な何かが存在するということです。つまり、1クウォートの小麦、aキログラムの鉄と共通な何かが、です。従って、先の二者は、ある第三者、それ自体は二者のどちらでもない第三者と同じなのです。交換価値に関する限り、先の二者は何れも、この第三者に還元されなければなりません。
 このことを簡単な幾何学の例を用いて説明しましょう。直線からなる多角形の面積を計算し、比較する時に、人はそれらの図形を三角形を使って解きます。三角形それ自体は見かけとは全く異なる図形に還元されます。即ち、その底辺に高さをかけた積を2で割るのです。同様に、商品の交換価値もある共通なものに還元され、それによって価値の大小が表されるのです。
 この共通なものは、幾何学的な、物理的な、化学的な、その他自然発生的な商品の属性ではあり得ません。商品の物理的な形状の属性が考慮されるのは、凡そそれ自体を使用しようとする時、従って使用価値として扱う時だけです。一方で商品の交換関係をはっきりと特徴づけるということは、その商品から使用価値を抜き取ってしまうということに他なりません。ある使用価値がそれ自体で他の使用価値と同程度に妥当であるのは、その使用価値が適切な比率で存在している場合だけです。或いは昔バーボンが言った言葉を借りれば、
 「ある種の商品が別なある種の商品と同じ程度に良いとされるのは、その交換価値の大きさが等しい場合である。同じ交換価値を持つ物の間には、差異や識別可能なものは何もない。」
 使用価値として見れば、商品とは、とりわけ様々な質を持ったものとして存在します。しかし、交換価値としては、商品は単に様々な量を持ったものとしてしか存在し得ず、従って使用価値の原子のようなものは全く含まれていないのです。
 商品の形が持つ使用価値を置き去りにすると、ある一つの属性、労働生産物の属性だけが残されます。ですが、その労働生産物もまた私たちの手の中で既に変わってしまっています。使用価値を切り捨ててしまったことで、私たちはまた、生産物に使用価値を与えている物理的な構成要素と形をも切り捨ててしまっているからです。そのような生産物はもはや、テーブルでも、家でも、糸でも、その他いかなる有用なものでもありません。その生産物を構成する目に見えるものは全て消え失せてしまうのです。それはもはや、大工が働いて産み出したものでも、建築家が働いて産み出したものでも、紡績工が働いて産み出したものでも、その他何か決まったものを生産するための労働による生産物ではありません。労働生産物の有用な特徴と共に、その生産物に見ることのできた労働の特徴も、従ってまたこれらの労働の具体的な形も消えてしまい、どれもこれも還元されて皆同じような人間の労働、抽象化された人間の労働というものになり果ててしまうのです。
 それではここでその労働生産物の残りを見てみましょう。そこに残っているのは、それ自身の実体のない塊、人間の労働がそれが何であったかわからないような形でゼリーのように凝り固まった物に過ぎません。即ち、そこには人間の労働が費やされているにも拘らず、どのように費やされたのか、その形態については全く考慮されていない状態です。これらのことは、今や私たちに次のことを示してくれます。つまり、それらを生産する過程で人間の労働力が費やされ、人間の労働が積み上げられたのだと。これらの生産物に共通する[労働という]社会的実体が結晶化したもの、それこそが価値ーー商品価値なのです。

     *   *   *

お疲れ様でした。
それではこの続きはまた明日!

【翻訳記事】『資本論』を読む(1)〜長い前置き

学生の頃から読まなければと思いつつも後回しになっている、
どなたにもそんな本がいくつかあると思います。
タイトルにあるカール・マルクスの『資本論』は大学生の時に、
経済原論の授業の中で山田克巳先生が次のように仰ったことが
きっかけとなっているのです。

「経済学を志す人が絶対読まなければならないのに、
 誰もちゃんと読んでないという本が2つある。
 アダム・スミスの『国富論』とカール・マルクスの『資本論』です。」

なるほど、確かに古典中の古典ですが、どちらも大部ですしね。。。
その時この2冊は絶対に読んでやろうと思ったわけなんですが、
今に至るまでどちらも途中になっています。

因みに、私の記憶に間違いがなければ、この山田克巳という先生は、
元々マルクス経済学をやっていて後に近代経済学に変わられた方で、
私が教わっていたのも当然近代経済学の原論だったのですが、
所々にマルクス経済学の観点から近代経済学の限界や誤りについて
触れられるのが自分にはとても新鮮で刺激になりました。
当時は私もミルトン・フリードマンの「小さな政府」に影響を受け、
巷では国鉄の分割民営化が進められている時代でしたので。

さて、『国富論』についてはある程度まで読み進めたものの、
『資本論』の方は何度か読みかけては全然頭に入って来ないので
その都度挫折しているのです。
で、2015年頃にトマ・ピケティの『21世紀の資本』という本が
話題になりましたが、その時いくつかの記事で
「ピケティは『資本論』をちゃんと読んでいるのか?」という
イジワルな記載があったことがきっかけになって、
そうだ、もう一度読んでみよう、と思ったのです。

が、手許にある岩波文庫版の向坂逸郎さんの訳は
やっぱりどうにも頭に入って来ない。
自分の頭が悪くて理解できないのか、それとも訳が悪いのか、
「一体元のドイツ語はどうなっているんだろう?」
そう思って2、3年前に Kindle でドイツ語版を購入、
早速ページを開いて見ると。。。
何と、とてもわかりやすい!@@
確かに、所々もって回ったどのように理解してよいか迷うところも
あるにはあるのですが、議論の進め方自体は明解なのです。
それで、通勤の電車の中でちょこちょこ読み進めていたのですが、
最近漸く冒頭の第1章第1節を読み終えたので、
自分自身の整理の意味も含めて、自分の理解した通りに
向坂さんの訳よりはもう少し普通の日本語でまとめたものを
この機会に公開することにしました。

『資本論』というと、共産主義の教科書的なイメージがありますが、
実際はこの本は徹底して資本主義を分析したものです。
(全体を通して「共産主義」という言葉は2回しか出てきません。)
そして、資本主義体制の国で生活し、仕事をしている私たちは
やはり資本主義というものがどういうものなのか、
どういう点で優れていて、どういう点がダメなのか、
ちゃんと理解しておく必要があると思うのです。
しかし、私自身がそうであったように、
この本に接してそれを理解する機会というのは
なかなかないのではないでしょうか。
そこでこの機会にこの日記を読んで下さっている皆さんにも
その片鱗だけでもお伝えできればと考えた次第です。

今回の訳では、極力マルクスが書いている文字通りに
私が受け止めた内容で日本語にしています。
この「文字通りに」というのは、共産主義の教科書として読むとか
或いは経済や歴史の本として読むとか、
或いはルイ・アルチュセールのように哲学の立場から読むとか、
そういう立場的なものを取り払って、という意味です。
そうは言っても、何かものを読む場合に、真に無心な、
完全に中立な読み方ができるものではありません。
どうしてもその人の経験や知識というフィルターを通して
読むことになるからです。
従って、どうしてもドイツ語の文字通りの論理で
日本語になりにくい場合は、思い切った言い換えもしています。
もっとよい表現を思い付いたら、誤訳しているところも含めて
この日記の原稿も修正するかもしれません。

さて、というわけで前置きが長くなりましたが、
次から2回に分けて『資本論』冒頭の1節をお届けします。
この膨大な『資本論』を全部訳すつもりはありません。
しかし、国語や古典の教科書で、
有名な作品の冒頭を暗記させられるように、
この有名な本の冒頭に触れておくのもよいでしょう。
併せて第1章の4節もこの本全体の方向を示しているようで
実に興味深いので、また時間のある時に訳出する予定です。

それでは!

報告とお願いw

さて、昨年10月にヒロシ初のアルバムを
ネット配信の形でリリースしたのですが、
半年経ったところでレポートしようと思っているうちに
何と3四半期も過ぎようとしています。

実は今年も同じ頃に2枚目をリリースしようとしているのですが、
1枚目はあまり売れてないので、2枚目リリースのタイミングで
配信を停止しようかと考えているところなのです。
まぁ、もう少しダウンロード販売が増えれば併売してもよいかなと、
そんなことを考えている今日この頃です。

そこでこの機会に6月までにどの曲がどのくらい売れているのか、
皆さんに報告させて戴きます。

・アルバムダウンロード販売数:3枚
・サブスク視聴数(再生回数順)
 1位:M08 宇宙開闢の歌         41回
 2位:M01 Rez Yourself 〜セカンドライフのテーマ〜  38
 3位:M11 正調・大クマクマ音頭     28
 4位:M02 ワクワクの島         28
 5位:M09 サンライズ          27
 6位:M04 さようなら 〜タージマハール〜 23
 7位:M06 メロディ           22
 8位:M03 ユー・アー・ア・レイ     22
 9位:M10 ONE             20
 10位:M05 同じ場所           16
 11位:M07 今宵逢ふ           13

ダウンロード販売3枚ってホントヒドくありません?www
ホントにホントに身近な友人だけが買ってくれたんだろうと思います。
まぁ、殆どの皆さんはサブスクで聴くので十分でしょうから。
私が配信を止めようと思っている理由もおわかりになると思います。
なのでホント、ダウンロードでご購入頂けると大変ありがたいです。
このあと少しでも販売数が増えると新譜との併売につながりますので。

あと、サブスクの再生回数の順位表もおもしろいですね。
一番取っつきにくくてワケのわからないはずの
「宇宙開闢の歌」が1位になっているのは、
これはあるグループでかなり話題になったことを反映しています。
これはとんでもない音の世界だ、と。
「セカンドライフのテーマ」が2位に入っているのは
1曲目だからでしょうが、「クマクマ」が3位というのは
これも一部の方がヘビーローテーションして下さったのでしょう。w
その意味では、SL 内ではあまり演奏していない
「ワクワクの島」が4位に付けていたり、
メッセージ性のある「サンライズ」が5位に付けているのは
とても嬉しい限りなのです。
逆に、かつては僕のテーマ曲として演奏していた
「ONE」が下位なのが残念なところです。

まぁ、そんなわけで、今回の日記は宣伝回です。w
リリース直後は曲紹介の記事などをせっせと書いてましたが、
宣伝のためにまた少し再開しようかと考えています。
今後とも引き続きご視聴どうぞよろしくお願いします。

■アルバムの試聴・ダウンロードはこちらからどうぞ

2022年7月10日日曜日

買いやすくなった Event Region

最近メタバースが盛り上がって来ている中で、
セカンドライフはいろいろと先を行っているところはあるけれど、
やっぱり一番弱いのがイベントをやると言っても、
1 SIM にせいぜい40人とか60人とかしか集められないので、
RL でイベントやってる人から見れば、
或いはイベントで収入を得ようとしている人から見れば、
ショボ! ってことになりますよね。
そういう声を反映してか、元々ずっと取り組んでいたのか、
私個人はやはりサーバを AWS にしたのがきっかけでは?
と思っているのですが、5月3日に Event Region、
即ち、イベント用 SIM のサービスが発売になりました。
このイベント用の SIM は収容最大人数が 175人ということなので
これまでの約3倍、これはとても魅力的ですね!
が、如何せん、毎月 US$899.00 の維持費は高すぎます!@@
最近は円安に振れてますので、136円計算で12万円超えますので
そんなの無理です。
下手したら RL の家賃より高かったりするんじゃないかしら。^^;

それが、SL19B 期間中の6月24日に、
この Event Region の廉価版が発表されました。

 
この廉価版は Event Region Pro と言う名前で、
毎月の維持費は US$599.00、8万円ちょっとですね。
それにしても通常の SIM が US$229.00、ホムステが US$109.00、
これらに比べると倍以上の価格なんですけどね。。。^^;

この Pro の発売により、5月に発売された US$899.00 の高い方は
Event Region Elite という名前に変更になりました。
Pro と Elite、比較してみるとこんな感じです。
(金額は何れも US$)

            Pro        Elite
・1月目の費用     599.00     999.00
・2月目以降の維持費  599.00     899.00
・最大収容人数     175        175
・最大 LI        月30.00で30,000 無料で30,000
・スクリプト性能    +20%      +20%
・会話範囲拡張     無料で拡張可能   無料で拡張可能
・ロールバック     1回につき25.00 無料で実施
・SIM のクローン    1回につき50.00 無料で実施

レズできるオブジェクトの数が通常 SIM に加えて50%
拡張できるというのは魅力的ですし、
スクリプト性能の向上や、会話の範囲が拡張できるのも
イベント用の SIM ならではですね。
(スピーカーを置いておかないと、イベントの時の皆さんの会話、
 僕のところまで届かないんですよね、いつも。^^;)
あと、ロールバック、即ち、過去のある時点の SIM の状態に
戻すサービスは、今は全ての SIM オーナーが利用できるようです。
Elite 以外では1回につき US$25.00 払う必要がありますけどね。
これ、特定のイベントのために模様替えをした場合など
簡単にイベント前の状態に戻せるので便利ですね。
US$25.00 なら、自分たちが作業する人件費より安いや。w

なんだけれども、ベースとなる維持費がやっぱり高いよねぇ。
前は YMB SIM でやりたい放題やっていたので、
やっぱりこういう SIM があるといいわぁ、と思う次第。
誰か買って買ってぇ!w

2022年7月9日土曜日

【技術情報】 不在中のグループ招待が受け取れるようになりましたね

紹介するのは5月25日の記事なので、
「情報」と銘打つにはちょっと古いもの。
ご存じの方も多いこととは思いますが、
僕には結構関係のあることなので敢えて触れておきます。

これは、先頃行われ、僕も参加した SL19B の情報を取ろうと
SL の公式ブログを見ていたときに気づいたものです。

・The return of offline offers!
 https://community.secondlife.com/blogs/entry/10856-the-return-of-offline-offers/

私のようにイベントに参加したり、イベントを主催していると
そのイベント用のグループ招待を受け取ったり送ったりということが
日常茶飯に発生するのですが、
このグループ招待、いつの頃からかオフラインの時に届くと
ログインして表示されても実際には受け取れない、
という仕様になっていました。
つまり、送る側と受け取る側が同時にログインしてないと
うまくグループに参加できずに、何度も送ってもらったり
送ったりしないといけないという状況が続いてました。
なので、SLB や Burn2 のように、僕のステージに
ケルパさんやしんさんに協力してもらう時も
なかなかスタッフの方との都合が合わず、
本番直前で送ってもらうこともしばしばありました。
ケルパさんの場合は、ちゃんとステージが置けるかとか
スクリやパーティクルがちゃんと動くかとか
いろいろチェックするところもありますので
直前というのはかなりリスキーだったんですね。

それが、オフラインでも受け取れるようになりました!
というのが上のリンク先の記事の内容になります。
最初に書いた通り、この記事を見つけたのは SL19B の
準備をしている時でしたので、早速実験してみました。
スタッフの方がオンラインでない時に
僕からケルパさんとしんさんへの招待をお願いして、
スタッフの方はケルパさん、しんさんがオフラインの時に
送ってくれたのですが、無事、お二人とも受け取れました。
よかった!^^
ちゃんとこの機能動いてくれているようです。

但し、ブログにありますように、
このオフラインで受け取れる機能には制約があります。
まとめると、

・招待は「通知」ウィンドウに表示される
・オフラインでの通知を受け取れるのは、最初のログインから
 24時間、または最初のログインを行った SIM が再起動されるまで
・最初にログインした SIM 以外では受け取れない

2点目と3点目、結構重要ですのでご注意下さい。
特に火曜日とかは週次の SIM 再起動がかかりますので、
タイミングによっては24時間以内に招待が消えてしまうこともある、
ということになりますので。

最後に、これは YMB 関係者への連絡になります。
以前、YMB の新しいグループを作って、ここ2年くらいの間に
ログインしている皆さんに招待を送ったことを書きましたが、
殆どの方は受け取れていないと思います。
そこで、このオフラインでの招待受け取り機能が復活した今、
もう一度新しいグループへの招待を送りますので、
受け取ったら必ず「参加」ボタンを押して頂くようお願いします。
暫くの間グループ通知等は旧来のグループで皆さんに送りますが、
多くの皆さんの移籍が完了したところで
全面的に新しいグループに切り替えて行こうと考えています。
どうぞよろしくお願いします。

【RL】 とっても残念な SF 映画「紀元前1万年」

ちょっとした時間の隙間で「紀元前1万年」という映画を観た。
このタイトルは僕には昔懐かしいレイ・ハリーハウゼンの
「恐竜100万年」という映画を思い出させた。
ポスターの絵もマンモスが描かれているので
あれのリメイクをローランド・エメリッヒがやったのかなぁ、
くらいにしか思っていなかったのだ。
「恐竜100万年」という映画は1940年のモノクロ映画
「紀元前百万年」のリメイクなのだが、
どちらも英語のタイトルは "One Million Years B.C." で同じ、
ローランド・エメリッヒのは "10,000 BC" でよく似ているが
ああ、桁が違うよね、というのはあとで気づくのだった。

なので原始人映画のつもりで観始めたら、
いきなり主人公達が英語でベラベラ喋り出すのにまず違和感。
ハリーハウゼンのは、子供の時にテレビの吹き替えで観たので
もう殆ど記憶にはないのだが、あまり台詞らしい台詞がなかったかと。
その英語で話す人々の村を馬に乗った人々が襲いに来るのだが、
どう見ても中世イギリスのアーサー王とかロビンフッドとか
そういう時代に見えて仕方がなく、ダメだこりゃ、
と思っていたところが。。。

ところが、である。
馬に乗った人々に仲間を連れ去られた様々な部族の戦士を糾合して
馬に乗った人々の本拠地に乗り込もうとすると
そこは連れ去られた多くの奴隷を使って
巨大ピラミッドの建設を行う巨大な都市国家であった、という展開。
支配者階級は「神」と呼ばれる常に御簾の陰にいる存在と
不思議な言葉を話し、その存在に仕えるのだった。
そして、その神は「しるし」を持った人間が現れると
滅びるとの予言があったのだが、その「しるし」とは、
馬に乗った人々に連れ去られた主人公の許嫁の手の甲に刻まれた
オリオン座の形をした痣だったのだ!

と、ここまで来て、「100万年」でなく「1万年」の理由がわかった。
なるほど、これは原始人映画ではなくて、
古代宇宙飛行士説に基づいて紀元前10500年頃に
大洪水で滅んでしまったと言われる超古代文明を描く
SF 作品だったのだ。
エジプトのピラミッドを始め、世界中の古代遺跡が
10500年前の星の位置と関係していることは有名な話だし、
エジプトやテオティワカンのピラミッドの配置が
オリオン座の三つ星の形と同じであることも有名だが、
古代宇宙飛行士説では、宇宙から来た人々が
人間に技術を教え、或いは人間そのものを創り、
彼らの目的を達成するためにこれらの遺跡を造ったという。
「紀元前1万年」はその古代宇宙飛行士説に基づいた世界観を
表現しようとした作品だったのだ!

そうすると気になるのは、「神」と呼ばれる存在の姿だ。
私は頭の長い姿を想像したが——古代エジプトの神々のように——、
どちらかと言うとグレイに似た姿であるようだった。
しかし、グレイは目が真っ黒であるが、寧ろ透き通った青だ。
このあたり、ちょっとイマイチだなぁ、と思うヒロシ。w

主人公の許嫁は、元々襲撃された村の生き残りで青い瞳をしていた。
この青い瞳の少女が世界を救うという予言があったのだが、
この許嫁は、主人公が「神」の許から救い出した時に、
弓矢に当たって一命を落としてしまう。
が、奇跡的にも再び青い瞳に輝きが戻り息を吹き返すのだ。
ナレーションは「こうした青い瞳の子供の新しい物語が始まった」
といった内容を伝える。

とすると、これはスターチャイルドの要素も取り込んでいるのか?
ホピ族には青い星が地球に衝突し、そこから新しい時代が始まる
という伝説があるらしい。
或いは、星から来た子供が部族の長となり人間を救うという
そんな伝説もあるらしい。
こうした伝説もこの映画の下敷きになっているのだろう。
が、そうだとすると「神」と彼女はどうしてどちらも青い目なのか、
どうして彼女の存在が「神」の滅亡につながるのか、
「神」も彼女と同じオリオン座から来たのではないのか、
こういった疑問を僕なんかは抱いてしまうわけ。

結論を言うと、日本ではあまり真面目に捉えられていない
古代宇宙飛行士説を描こうとしたこと自体に
とても共感を覚える一方で、いろいろなことが中途半端で
とても残念だなぁ、と感じるわけです。
そもそもタイトルとポスターが誤解を生むし、
だから、「古代の歴史に忠実でない」という、
実は的外れな批評を受けて評価が下がる結果に陥っている。
もっと古代宇宙飛行士説をベースにした SF 色を前面に打ち出せば、
また違った評価になっったのではないかと。

僕なら——と、映画づくりなんかできないことはおいて書くと——、
ポスターにはマンモスではなくてピラミッドの絵を入れるでしょうね。
そして、台詞は極力廃しつつ、英語ではなくシュメール語がいいね。
(そう言えば、各部族の戦士たちが集まった時の掛け声が
 「ヤハラ!」だったが、これもアラビア語で「万歳!」の
 意味なので、一般のアメリカ人にはわからないかもしれないが、
 アラビア語がわかる人にはすぐわかるのでイマイチだった。w
 アメリカにも今はアラビア語話す人は多いはず。)
あと、各地の村を襲撃する人々が乗る動物も
馬ではなくて駱駝でしょう、やっぱり、雰囲気が出るのは。
或いはもっとラディカルに、宙を浮く船のようなものの方が
宇宙人感があってよろしい。

それから、主人公の許嫁がピラミッドの神と対立するなら、
彼女はオリオン座でなく、シリウスかプレアデスから来た
スターチャイルドという存在の方がよろしい。
そしてスターチャイルドということであればかぐや姫を思い出す。
僕ならこれにエノク書とかノアの伝説を絡める。
即ち、地球に彼らのエネルギー源である物質を求めて
オリオン座から訪れた頭の長い宇宙人は人間を奴隷にして
基地となるピラミッド建設を進めるが、
これとは別に宇宙の平和を司るプレアデス由来の宇宙人
「見守る者」たちは人間の中にスターチャイルドを送り込み
この子供たちを通じて地球の情報を得ていた。
そして、オリオン星人の行おうとしていることが、
人間や地球だけでなく、宇宙の平和をも脅かすことを知った
「見守る者」たちは巨大な母船で地球に近づいてビームを発射、
これによって地球の気候が大きく変動して大洪水が起こり、
オリオン星人の文明は滅び、人間もスターチャイルドに導かれた
ごく一部の人たちだけが生き残ることになる。
こうして人類の新しい時代が始まったのだった——。
スターチャイルドは、人類を救ったあと、
上空に現れた母船に乗ってプレアデスに還って行ってもいいね。
かぐや姫のように。。。

いや、このくらいじゃないと SF としておもしろくないかな、と。
「紀元前1万年」では、高度な文明を持った「神」を
たくさんの人間が力を合わせることで倒してしまうけど、
これって結局「インディペンデンス・デイ」と同じ発想で
あまりにお目出た過ぎる。
これがこの監督の限界なのかもしれないですね。
この映画のあとマヤ暦を扱った「2012年」を製作していることから
この監督、古代宇宙飛行士説に関心ありそうではありますが。。。

誰か僕が上に書いたプロットで映画作ってくれないかなぁ。
かなり面白くなると思うんだけど。www

・紀元前1万年

2022年7月4日月曜日

メタバース内でのイベントのあり方について

前回、メタバースが向いているのは没入感のある体験だ、
ということを書きました。
その例としてゲームを挙げましたが、ドラクエでも FF でも、
自分自身がゲームのキャラクターとなってゲームの世界を
冒険するのは楽しいでしょうし、
最近の Nintendo Switch のスポーツなんかは、
家に居ながらにしてテニスやゴルフを楽しめるんじゃないでしょうか。
こういう、自分自身が動いて何かをするものは
その没入感たるやすごいものがあると思います。

方や、自分が見る側に回るイベントだとどうでしょうか?
例えば、有名なアイドルのコンサートが RL の会場ではなくて
メタバース内で行われるとしたら?
それを観に行く私たちは勿論アバター姿で観に行くわけですが、
当の出演するアイドルはどのような形でメタバース内に
存在するのでしょうか?
つまり、生の姿で登場するのか、アバターとして登場するのか、
ということです。

基本的にはアイドルのファンとしてはアバターでなく
生のアイドルを見るために会場に足を運ぶのでしょう。
しかし、メタバース内に生のアイドルを登場させるとすると
今のところはスクリーン映像で、ということになるでしょう。
それだと平板ですし、ウェブ配信で見ているのと変わりませんし、
ライブビューイングの方がよっぽど盛り上がるんじゃないでしょうか?
その一方で、アバターとして同じ会場内にそのアイドルがいれば
これはかなり近くにいることができるわけで、
多少本物と似てなくても、それはそれで盛り上がるかもしれません。
が、そのアバターを動かしているのが当のアイドル本人とは
限らないかもしれません。
アイドルが歌ったり踊ったりするその動きそのままに
アバターを動かせるようになるのには
もう少し時間がかかるように思えます。
当面はセカンドライフでの U2 ライブに代表されるように
音源とアバター操作とは別々に行うようなことが
最も普通な形態となるかもしれません。
ご参考までに当時話題になったその U2 の
最も初期の SL ライブの映像をどうぞ。
この頃はまだアバターのクォリティが低いですね。www


音楽イベントの場合はこのように、アーチストがアバター化して
同じメタバース内で動き回ることが可能ではあるのですが、
もっと厄介なのがスポーツイベントです。
これも、メタバース内にスクリーンを設置してそれを見るのであれば、
簡単に実現はできるものの、
あまりメタバースでやっているという意味がないですね。
ではアバターで? となると、音楽イベントの場合と違って、
例えば現実の競技場で行われているサッカーの試合の通りに
ボールが動いてアバターが動いて、というのは至難の技ですね。
いつかはそういう技術も登場するでしょうけれど。
(1秒の30分の1のスピードでレンダリングできる
 3Dプリンターのような技術があって、
 それを連続してリアルタイムでレンダリングできれば、
 現実の世界の動きをメタバース内で再現できるような
 そんな気はするのですが。。。)

このように考えると、見るイベントと言っても
メタバース化しておもしろいのはせいぜい音楽イベント止まり
という感じがしています。
メタバースを使ってマネタイズできるものというのは
まだまだ限られていると感じているヒロシであります。。。

2022年7月3日日曜日

メタバースや NFT で何をしようとしているのだろう?

先週は、SL19B での新旧経営陣のインタビューを見て
感じたことを2回にわたって書かせて戴きましたが、
それを踏まえながら、もっと一般的に、
昨今話題になっているメタバースや NFT について
感じていることを綴ってみたいと思っています。

結論から言ってしまうと、Facebook が社名まで変えて
メタバースに注力すると発表してから
殆ど日本では忘れ去られていたと思われるメタバースが
急に盛り上がって来ていますが、そもそもメタバースというのは
プラットフォームに過ぎないので、運営会社はその中で
何を顧客となる個人や企業にしてほしいのか、という
グランドデザインがないとセカンドライフの真似をして
タケノコのようにたくさん生み出されては消えていった
15年前の経験を繰り返すだけになってしまうと考えています。
先日のセカンドライフ経営陣のインタビューでは、
ユーザーにお金を儲けてもらうのが自分たちの願いで
従って、ユーザーへの課金は最低限にする方針であることを
明言していましたが、どうもメタの Horizon World は
クリエイターの作ったものに対して47% の手数料をかけるようで、
明らかにユーザーからお金を搾取することを考えているようです。
しかし、そんな空間に個人や企業が参入したいと思うでしょうか?

この日記を読んでいる方々の殆どはセカンドライフの住人だと
思っていますが、そうでない方のために少し触れておくと、
メタバースで何かを行うということははっきり言って
メンドクサイのです。w
例えば、通信環境次第では、歩くだけでものすごく時間がかかったり、
或いは、自分が意図しないような動きをアバターがすることも
あるわけなんです。
なので、例えば Amazon が完全にメタバース化されて、
何かを買うのにメタバース内のモールの商品棚に歩いて行って
それを手に取ってカゴに入れるようなことをしないといけなくなると
きっと僕は Amazon を使うのをやめてしまうでしょう。
そんなメタバース内のモールを歩き回るよりは
ホームページ上のリストをザッピングする方が遥かに多くの商品を
短時間で確認して選び、購入することが可能だからです。
それは社内のオンラインミーティングでも同じです。
Zoom や Teams、Webex といった環境が整っている現在、
わざわざメタバース上の会社に出勤する必要はありません。

メタバースが絶対的に有利なのはこうした EC サイトではなくて、
「没入感」が必須の体験だということです。
となれば、それはライブやスポーツなどのイベント、
或いはゲームといったものに限られています。
或いは普通は行けない場所への旅行、というのもあるでしょう。
(例えば、今はなくなった江戸城の中を巡るツアーとか、
 南極やピラミッドの普通は公開されていない場所へのツアーとか)
しかし、それ以外に企業ができることというのは、
せいぜい宣伝だけだと思います。
ちょうど15年前にセカンドライフの中に
日産の車の自動販売機があったように。
当時企業が自社ブランドの車をセカンドライフ内で配るなんて
珍しいことでしたから、みんなあの自動販売機に行って
日産の車をもらってきて、それに乗って遊んでましたよね。w
でも、セカンドライフ内でのドライブは勿論面白いけど、
それは、実際に車を運転する感覚とは違うんじゃないかな。

今車と旅行の話が出たので話を広げると
こうしたものは、敢えてメタバースでなくて VR でいいと
僕自身は考えているんです。
VR とメタバースと混同されてきているところがあるように
思うのですが、
VR の世界では既に海外ツアー、運転のシミュレーション、
不動産の内覧といったものがとっくの昔に実現しています。
更に言うと、先ほどの Amazon で商品を選ぶという話ですが、
これもウェブ上で商品を選びづらいのは服や靴などの
衣類だったりしますが、VR や AR の技術を使えば
自分が着たり履いたりした時の感じがわかるようになります。
メタバースだと、そもそも自分はアバターですし、
そこで着たのと同じものが現実の世界で届く保証は
ないじゃないですか。www
多くの企業にとっては、求められているのはメタバースではなく、
VR/AR の技術を自社の商品販売に取り入れていくことだと
僕自身は考えています。

更に、セカンドライフの日産の車の話を広げると、
NFT、これはメタバースとは親和性がありますね。
もともと、世の中に1つしかない故の価値、ということになると、
これはもう美術品の世界ですね。
ダ・ヴィンチの「モナリザ」がその代表かもしれませんが、
1枚しかない故の価値というのがあるわけです。
一方、音楽は20世紀の「レコード」の発明で
大量生産大量消費の対象となってしまい、現在では
デヴィッド・ボウイが予言したように水のように
殆どただで消費されるものになってしまいましたが、
1983年に我が敬愛するジャン・ミシェル・ジャールが
1枚だけのレコードを製作してオークションにかけたように
今後は NFT を使って持っている人しか聴けない音楽
というのが出てきてもおかしくないでしょう。
何れにしても、世界に1つだけの価値、ということになれば、
アートの世界で今後発展していくものと考えています。

そして、NFT のもう一つの使われ方が、
メタバース内のアイテムとしてのものです。
例えば先ほどのセカンドライフ内の日産センティアは
ただで配られていましたが、例えばフェアレディZの
特別仕様車を1台限定で販売して、
メタバース内で乗り回すことができる、といった展開が
可能だと考えています。
企業がメタバースに参入するとすれば
このような形の方が自然かもしれません。

新しい技術というのは早く参入したもの勝ち、
というのがあるのは事実ですが、
その一方で、その技術を使って自分、自社で何ができるのかは
よくよく考えた方がよいと思っています。
メタバースの1つに Earth2 というのがあって、
現実の地球上にあるのと同じ土地や都市が広がっていて
その土地を買うというのが盛り上がっていますが、
何れその土地で都市づくりができるようになるものの
現時点ではまだ不動産の購入しかできないようです。
こうした土地を買った人は何をするのだろう? と思うのです。
例えば、渋谷の交差点の土地を買った人は、
そこに現実の109やQ Front を再現するのでしょうか?
それともそうしたものを無視して、例えば大聖堂を築いたり、
或いはビーチにしたりするのでしょうか?
前者であればプラモデルの延長のような楽しみしかありませんし、
後者であれば敢えて渋谷のその土地を買う意味がありません。

メタバースで何ができるか、それを考えるには、
一度セカンドライフに遊びに来ることをオススメしたいと思います。
現実の世界を忠実に再現したものもあれば、
現実の世界ではあり得ない空間もあり、
また、ほっと一息つけるような和める場所もありで
多くの可能性に満ちた世界になっていますよ。
セカンドライフは失敗した、終わった、と言っているのは
結局のところメタバースの可能性を感じとれなかった人たちです。
メタバースが盛り上がってきている今、
もう一度セカンドライフを振り返ってみてはいかがでしょうか。

※「没入感」に関連して、ライブとスポーツに関しては
いろいろと感じることがあるので、
また別の機会に詳しく触れることに致しますね!

2022年6月27日月曜日

【SL19B】 オーバーウルフとフィリップのインタビューに思うこと〜セカンドライフと昨今のメタバースとの違いについて(2)

 「フォートナイト」というゲームを巡って
運営のエピック・ゲームズ社がアップルを訴えたことで
アップルが iOS アプリのダウンロードに際して
30%の手数料をとっていることが広く知れ渡ることになりましたが、
こうした手数料に関連してフィリップは次のように語りました。

ブラッド(オーバーウルフの本名)は歌がとってもうまいんだ。
そこで、僕が彼のリンデンホームに歌を聴かせてもらいに行って
20ドル払うとするよね。
で、僕は歌はうまくないけど、数学なら得意だから、
別な時にブラッドが僕の家に数学を教わりに来て20ドル払うとする。
この20ドルは前に僕がブラッドに払った20ドルだよ。
で、また僕はブラッドの歌を聴きに行って20ドル払い、
数学を教えて20ドルもらう、とこれをどれだけ繰り返しても
この20ドルは僕ら2人の間でなくなることはなくて
永遠に循環し続けるわけなんだよ。

ところがもしここで10%の手数料というのがあるとどうなるだろう。
最初に僕がブラッドに20ドル払う時、
ブラッドは18ドルしか手にできないんだ。
で、次にブラッドが僕に数学を教わる時にその18ドルを払うと
僕は16ドルしか手にできないんだ。
これを繰り返していくうちに僕ら2人の間でお金がどんどん
目減りしていって最後には破産してしまうことになるわけさ。

これではモノを売っている意味がない。
だからセカンドライフでは住人同士の取引に関して
リンデンは一切手数料をとっていないのだ、
住人が自由にモノを作って、それを販売することで稼げる
そういう環境をセカンドライフは提供しているのだというのです。

実際にモノを販売している方の中には、でもマケプレでは
モノを売る度に10%取られるではないか、
という人もいらっしゃるでしょう。
確かにその通りなのですが、あの10%は commission となっていて、
即ち「委託販売の代金」という位置付けです。
販売者がマケプレを通してリンデンに販売を委託して
その成功報酬として支払っているというものに過ぎず、
インワールドの自分のお店で直接自分が売る分には
代金が100%入って来るようになっているはずです。

じゃあ、アップルの30%も委託販売の代金かというと、
アップルの場合は AppStore を経由しないで販売することが
できないようになっているため、
つまりそれを回避する手段がないというのが
セカンドライフと異なる点であり、エピック・ゲームズ社が
訴えた理由でもあるわけです。
従って、GAFAM の経済モデルとセカンドライフの経済モデルは
その点が大きく違うのであって、
昨今のメタバースはやはりユーザーからお金を搾取するために
登場してきているように思えるということでした。

次に、暗号通貨についても話が出ていました。
リンデンドルは暗号通貨なのか?
ここでもフィリップは、明確な哲学を以て語っていました。
即ち、通貨というものは、物々交換によらずに
取引を可能にする手段であり、また価値を保存できる手段である、
と定義した上で、リンデンドルは正にそうした機能を有していて
米ドルをリンデンドルにして、
そのリンデンドルをユーロで引き出すことも可能だが、
暗号通貨に関しては、毎日のように価値が変わるので、
こんなものを使って取引することも価値を保存することもできない、
と批判的でした。

リンデンドルはブロックチェーンを使っていないけれども
暗号通貨の親戚のような存在でありながら、
法定通貨と同じ要件をちゃんと満たしているという点は
やはり先見の明があったというか、
よく考え抜かれたプラットフォームだなと感じた次第です。
更にティリアに関しては、そのリンデンドルを通じて取引をする際、
米国当局の金融法制からユーザーを守るために作られたもので、
これによってユーザーは安心してリンデンドルの取引を行えるし、
これもまたプラットフォームであるので、セカンドライフに限らず、
あらゆるゲームやメタバースで利用することが可能になっており、
事実既にそうした契約先があるようです。

暗号通貨の話から当然話題は NFT に及ぶわけですが、
フィリップはこれについても、しくみは異なるけれども
基本的な発想は同じだよね、として、
セカンドライフ内でユーザーが製作するものには全て
UUID、即ち唯一無二の ID が付いていて、
製作者が誰なのかも、右クリックでプロパティを確認すれば
わかるようになっている、という説明をしていました。
従って、ブロックチェーンのような分散型システムではないもの、
NFT とは親和性があるので、そのうち誰かが NFT を
インワールドに持ち込めるようなしくみを生み出すかもしれない、
とも話していましたね。

その一方で、セカンドライフのオブジェクトは
分散型でなく、リンデンによって統一的にコントロールされている為、
盗難、著作権の侵害といった点ではよりよく対応できている、
とも話していました。
NFT は唯一無二の価値を持つものだと言いながら、
本物か偽物かの区別が付かず、また所有権の移転に当たって
著作権も移転するわけではない点が問題となっていますが、
セカンドライフの UUID はその点もクリアされている
というわけですね。

こうして見てくると、我々住人はセカンドライフの機能や
各種の手数料についていろいろと文句を言ったりしますが、
実はユーザーの自由や権利を十二分に考え抜いた上で
現在の状態となっているのだということがよくわかりました。
最近新しく出てきているものに対して
いかにセカンドライフがその先を行っていたか、
フィリップの語るままにリンデンの手先のようなことを
書いているわけですが、正直、そうだったのかぁ、と
ビジネスの観点から心から感心することが多かったのが事実です。

機能や手数料、と書いて書き漏らしたことがあることに気づきました。
フィリップは一部の人だけに利益が集中しないよう、
つまりそれによって他の人が不利益を蒙らないよう、
「プリム税」というのを導入しようとしたことがあるそうです。
つまり、同じ SIM の中でプリムをたくさん使う人がいたら
他の人が使えなくなってしまうので、
プリムの使用量に応じた税金をかけようとしたわけですが、
これには猛反対、住人の反乱が起こったのだそうで、
アメリカ建国の歴史に於いて、イギリス議会が制定した法律に
アメリカ住民が反発したボストン茶会事件さながらだったと
フィリップは語っていました。
この事件はセカンドライフの歴史の中で
2003年の出来事として刻まれており、
この年の6月23日にセカンドライフが本番稼働を始めた時、
リンデンはこのプリム税の考えを廃止してしまっていたそうです。
興味のある方は次の記事に目を通されると、
アメリカ独立戦争さながらの光景が展開していたことがわかりますよ。w


フィリップは、実はその瞬間瞬間に誰が一番リソースを使っているか
それを確認することは難しかったんだ、
単純にプリムとかスクリプトとかそういうものではなかった、
と言いつつ、但し、AWS のクラウドに移行してからは
そうしたものも計算できるように今はなっているよ、
とコメントしていましたが、流石にだからと言って
プリム税のようなものを今後導入するかについては
敢えて触れていませんでしたね。
彼にとってはとてもきつい教訓だったのでしょう。

もう一つ、機能面については、新しい機能については
常に議論し続けているとも話していました。
が、新しい機能を加えることで、今まで使えていたものが
使えなくなるということがあるんだよ、として、
だから新しい機能の追加についてはいつも慎重なのだそうです。
その意味では、これだけ先を行っているセカンドライフに於いて
一時は導入されていたヘッドマウントディスプレイ対応ですが、
これも今のところは明言できないようです。
私自身、Oculus Quest 2 とかだんだん安くなってきましたので
興味はあるものの、やはり使うとしたら SL で利用してみたいので、
早く対応してくれないかなぁ、と願っているところです。

以上、長くなりましたが、新旧経営陣お二人の対談を見た
私の感想をこの辺で終えることに致します。
繰り返しになりますが、セカンドライフは、
メタバースとはユーザーを中心にして
このようにあるべきだ、というフィリップの理念を核にして
生み出されているものであるということを
技術的にも経済的にもあらゆる側面で感じ取ることができる
ということです。
そして、そのフィリップが顧問としてリンデンの経営に
再び関わるようになったということは住民の我々にとっても
喜ばしいことなのではないでしょうか。
このところインワールドではレアキャラ化しているヒロシですが、
もうちょっとインする機会を増やしていろいろ試してみたいと、
セカンドライフの素晴らしさを改めて感じてみたいと
そう思った次第なのでした!

2022年6月26日日曜日

【SL19B】 オーバーウルフとフィリップのインタビューに思うこと〜セカンドライフと昨今のメタバースとの違いについて(1)

 さて、自分のライブが終わってふぅ、と一息ついているヒロシです。
先週の水曜日は日本時間の朝6時から
 SL19B のイベント「Meet the Lindens」で
現在の経営者のオーバーウルフ・リンデンとフィリップ・リンデンの
お二人を招いてのインタビューが行われましたが、
この日僕はこのインタビューを見てから出社しました。

220626a

お二人の話を聞いていてなるほど、と納得する部分が多々有り、
きっとそれがセカンドライフが19年も続いていて
更に自分のような人間が続けていられる理由なんだろうな、と
そんな感想を持ったわけなんですが、話がいろいろと膨らみそうで
今日まで書くのを遅らせてきたわけなんです。
今回で終わるかどうかもわかりませんが、
お二人が話した内容をお伝えするというよりは、
そのお二人の話に僕が感じたことを綴っていきたいと思っています。
ですので、お二人がどんな発言を実際にしていたかは、
YouTube でご確認頂ければと思います。

・Meet the Lindens 2022 - Oberwolf and Philip Linden
 

勿論英語ですが、字幕も出るようになっていますので
わかりやすいかと思っています。
(ところどころ間違ってますが、意味を理解するのに
 それほど支障はないかなと思ってます。^^;)

さて、まず、昨年から経営に当たっているオーバーウルフ、
本名ブラッド・オーバーウェイジャーさん、
リンデンを買収した時、この人何者?
SL の技術だけ取ったら SL を潰したりしないよね?
とか、あまり情報がないので不安に思っていたヒロシでしたから、
今回彼の話を直接聞けてとてもよかった、安心しました。
彼、実はフィリップとは長年の付き合いなんですね。
フィリップと一緒にバーニングマンに行ったりしてるらしく、
要はフィリップからセカンドライフのことをいろいろと聞いて
本当に SL の可能性を感じて買収に踏み切ったようなんですね。
だから、昨今のメタバース狂騒の中にあって
セカンドライフは違うから、とはっきりとしたスタンスを持って
経営されているという点に共感を覚えました。

少し前に、この日記で昨年亡くなったエブ社長の後には
CEO はいないのか? という話を書きましたが、
今回、オーバーウルフはリンデンには CEO を置かない、
とはっきり明言されていましたね。
意思決定は自分と4人の主要メンバーとが話し合って決める、
とのことでその4人とは
製品担当副社長の Grumpity Linden (Anya Kanevsky)、
開発担当副社長の Mojo Linden (Andrew Kertesz)、
マーケティング・リーダーの Brett Linden、
製品運用担当副社長の Patch Linden (Eric Nix) の皆さん、
これに時に応じて CFO の Aston Waldman さんや
Chief of Staff の Cammy Bergren といった
現実世界にいる経営陣を交えて意思決定するのだそうです。
そこには SL のコミュニティを大切にしたいという気持ちが
働いているのだろうなというように感じました。

次に、最近盛り上がって来ているメタバースについてですが、
SL はそもそも発想が違うんだよ、とフィリップが言っているのが
全くその通りだ、と感じました。
2007年に SL がブームになった時に、
たくさんのメタバースが現れ、
GAFAM の一角であるグーグルですらメタバースを作りましたが、
そのグーグルを含めて殆どのメタバースが消えてなくなりました。
それなのに SL が19年も続けられているのは何故なのか?
フィリップは、僕らは誰もが創りたいモノや世界を創れる
そういう場所として SL を作ったのだ、と言います。
自分たちはそういうプラットフォームを提供するだけであって、
ビジネスなのでその利用料はもらうけれど、
例えば 9.99 ドル支払ったら 15 ドルの価値をユーザーが得られる
そういうものとして、つまりユーザーが価値を生み出せる場として
SL を始めたのだけれど、最近のメタバースはどうも
利用してもらうことでユーザーからお金を搾取する
そういうしくみのように思えてならない、ということでした。

そうなんですよね。
日本ではセカンドライフは「失敗」したことになっていますが、
どちらかと言うと日本人の方が
セカンドライフで「失敗」したのではないでしょうか?
つまり、セカンドライフとは何でも自分のやりたいことが
自由にできる空間なので、やりたいことのない人や
自由ということに慣れていない人たちにとっては
何をしていいかわからない、つまらない場所だったのだと。
ゲームであれば最初から目的やそれを達成するための手段が
決まっていますので、それに従って動けばいいのですが、
自由とか自律とかいうことがあまり定着しておらず
とにかく前例と周りに従って生きる人たちにとっては
きっと苦痛でしかなかったことでしょう。
反対に、今も SL を楽しんでいる人たちというのは
結局はクリエイター、デザイナーやミュージシャンを含めて
ゼロのところからものづくりをするのが好きな人たちなんです。
時に SL の失敗をあざ笑うような投稿をする人がいますが、
私からすると、自分の創造性のなさを思い知らされて
出て行かざるを得なかった負け犬の遠吠えにしか聞こえません。

加えて、ただなりたい自分になって友だちと交流する、
というだけなら、何もインワールドで動き回る必要はないわけで
案外生き残ったものが着せ替え系の SNS だったりするのは
当然の結果だったように思います。
正直、私自身、SL の友人たちとのやりとりは
Facebook や Twitter で済ませることが多くなりました。
一つにはインワールドで打ち合わせしたりするのは
相手と自分が両方インしていないといけないので
それなりに自分の時間が使われてしまうからですが、
しかし、イベントをやったり、いろいろなことを友だちと試すのは
やはりインワールドでないとできないことですので、
自然とその辺りの使い分けをするようになっているように感じます。
例えば、何かの実験をするのでも、SNS で日時を決めておいてから
一緒にインワールドに入って実験する、そんな感じですね。

だから、今出てきているメタバースたちは
一体何をやろうとしているのか不思議でしょうがないのです。
仮想空間が有効なのは、ライブなどのイベントや、ゲーム、
そして会議や研修だったりですが、
例えばただ会議するだけであれば既に Zoom や Teams など
オンライン会議の環境が整ってきていますし、
まさか、インワールドで仕事するなんてことは考えられないでしょう。
実際、メタバース内で仕事をするという実験が行われていて
結果は殆どの人が幸福感が減少し、ストレスや不安が溜まった、
ということになったそうですが、さもありなん、です。
これは、幸福感を増す方向で作られた SL とは真逆の方向です。

あと、ブルームバーグの記者がメタのホライズンワールドに登録して
生活してみた経験をレポートしていましたが、
メタバースでも自分が女性であることや自分の人種によって
不利益を感じた、ということを言っていました。
実名登録主義の Facebook がホライズンワールドの登録に
どういう制約を設けているのかはわかりませんが、
SL は現実の名前や性別や人種と全く関係なく
自分をプロデュースできるわけですから、
こうした問題が起こるのも、そもそもの発想、哲学が違うからだ、
と感じざるを得ないですね。

今回フィリップの発言を聞いていて、あぁ、やっぱりこの人は
自分が抱いている理想的な社会を実現しようとして
セカンドライフを作ったのだな、と改めて感じました。
先に書いた、誰でも何でも自由にものづくりができる環境、
それも一部の人に利益が集中するようでなく、
平等に機会が与えられるような環境というものを目指して
SL の技術的な特性や課金などのルールも決められている、
要は理念やサービスが先にあってビジネスが考えられていて、
ビジネスが先にあるわけではないという点が真逆だと思うのです。

ああ、やっぱり長くなった。
まだ書きたいこと半分も書けていないけれど、
今日のところはここまでにしておきます。
それでは、また!

【SL19B】 Thanks!〜SL19B ライブへのご来場ありがとうございました!

 昨晩の SL19B ライブ、たくさんの方にお越し頂き、
ありがとうございました。
実は今回の The Arboretum という会場はちょっと変わっていて、
Meet the Lindens が行われた地上のステージと
大人数でダンスができる空中の円形ホールの2つから構成されていて
出演者用のスケジュール表には up とか stage とコメントがあります。
最初これを見た時は何なんだ? と思いましたが、
現地でイベントが行われている様子を見て漸く理解しました。
そう、実は僕の地上ステージでの直前、
空中の up の方では、ももさんのパーティーが行われていたんですね。
なので、そのパーティーが終了次第、ももさんはじめ
参加されていたみなさんがステージの方に来て下さったのが
ホントありがたく、嬉しく思いました。^^

また、僕が準備のためにステージに行くと
そこに何と Burn2 の広報を担当している
Mia Wallace さんがいらっしゃるではないですか。
彼女は僕の Burn2 でのステージを楽しみにして下さっていて、
今回 SL19B のステージに駆けつけて下さったものとわかりました。
そう、もう Burn2 での僕のステージの常連だけに、
拍手も「8888」と日本風なのもさすがです。w
最後の「セカンドライフのテーマ」の時は
「Future!」とか歌ってましたし。
やぁ、こういうのホントありがたいんですよね。^^

更には、ステージの責任者の Leondra Larsson さん、
彼女も事前に皆さんのステージはいつも楽しみにしてます、
とおっしゃって下さっていましたが、
本番では観客の後ろの方、遠巻きに立っていらっしゃったのですが、
ステージ終わって、いつもサポートありがとね! と言うと、
こちらこそ、(あたしは何にもしてなくて)
寧ろすっかり楽しませてもらいました! だって。
こういうのもとっても嬉しい。

そんなわけで、なかなか準備に時間を割けない中での
久しぶりのイベント、演出のケルパさんも中継のしんさんも含めて
皆とっても緊張して臨んだ SL19B ライブでしたが、
こうして皆さんに楽しんで頂けたようでホッとしています。

さて、肝腎のライブレポートですが、
昨日は SL19B のテーマに合わせて
「Steam Dreams」のタイトルで演奏させて戴きました。
全体としてはやはりスチームパンクですから
機械的な音を取り込んで、そのシーケンスに合わせて
即興的に楽器で絡んでいくイメージですね。
オープニングの「新しき歌を歌え」は、
スチームパンクの映画のタイトル曲をイメージしたもので、
続いて飛行船やら船や潜水艦での冒険、
最後は銀河鉄道に乗って旅立っていく、という流れにしました。
これらの楽曲のイメージを膨らませてくれるのが
歯車が回転し続けるケルパさんのインスタレーションで、
そこに潜水服を着たキャラクターや
有機的に変化し続ける光線などが絡んで雰囲気を盛り立ててくれます。

そうそう、潜水艦による海底の旅の曲のところで
原潜シービュー号の話をして、同世代と思われる
しんさんだけが反応していましたが、
あそこで、英語の原題を間違えました。^^;
Voyage Under the Sea と言いましたが、正しくは、
Voyage to the Bottom of the Sea でした。訂正します。
実はこの原潜シービュー号ですが、元々は同じ英語のタイトルで
1961年に邦題「地球の危機」という映画で登場、
この映画を監督したアーウィン・アレンがテレビ・シリーズに
作り替えて、アメリカでは1964年から1968年まで
4シーズン110話にわたって放送されたものです。
英語のタイトルの意味は「海の底への旅」というものですが、
日本語版では「原潜シービュー号 海底科学作戦」という
超カッコイイタイトルになっていました。
この頃は Mission Impossible(不可能な任務)が「スパイ大作戦」、
Star Trek(星への旅)が「宇宙大作戦」といった具合に
日本語版の訳がカッコイイ。
007 の From Russia with Love(ロシアより愛をこめて)も
日本での公開当初は「007危機一発」という邦題でした。^^
今はミッション・インポッシブルもスタートレックも
英語の読みそのままのカタカナで芸がないと言えますね。。。
因みに、アーウィン・アレンという監督は、
映画ではコナン・ドイル原作の「失われた世界」や
「ポセイドン・アドベンチャー」、「タワーリング・インフェルノ」
テレビでは「タイムトンネル」、「宇宙家族ロビンソン」などを
撮った人だと言えば、ある世代の人にはああ、と心当たりあるはず。
今挙げた作品、僕はどれもその虜になりましたね。^^

閑話休題。
まぁ、そんなこんなで、
準備したトラックは30分ちょっとしかなかったにも拘わらず、
ヴェルヌの話やシービュー号の話など
思い入れのあるものについて語りすぎてしまい、
あっという間に1時間フルに使ってしまうことになりました。
もっと時間があったらきっと「不思議の海のナディア」のこととか
話があちこちに広がっていたことでしょう。
要するに今回のテーマは個人的にとても楽しめたということです。
折角ですので、このテーマを更に深掘りして
また何かイベントなり映像作品なり作れるといいですね。
そう、また皆さんと一緒に楽しいひとときを過ごせることを願いつつ、
最後に今一度ご来場の御礼を申し上げます。
ありがとうございました!

■Hiroshi Kumaki ライブ「Steam Dreams」
・日時:2022年6月25日(土)23:00〜24:00
・会場:SL19B The Arboretum
・演出:Kerupa Flow
・YouTube中継:Sin Nagy

<セットリスト>

1. オープニング:Happy Birthday Second Life(ヒロコの歌)

2. Steam Dreams 組曲
 ① 新しき歌を歌え
 ② スチームパンク
 ③ 飛行船
 ④ ワクワクの島(ヒロコの歌)
 ⑤ Fantastic Voyage Under the Sea
 ⑥ Journey to a Crystal World

3. エンディング:セカンドライフのテーマ(ヒロコの歌)

2022年6月25日土曜日

【SL19B】 今晩23:00よりヒロシの SL19B ライブです

 いつものことではありますが、
イベントまだ先だよね〜、大丈夫、と思っていたら
当日になっているという。。。
はい、というわけで、6月25日今晩23:00より、
SL19B の会場、樹々が鬱蒼と茂る The Arboretum という場所で
「スチームドリーム」というテーマでライブを行います。

そして!
今年も演出にケルパさん、YouTube 中継にしんさんがサポート!
ケルパさんはスチームパンクなステージを用意して下さってそう。
お二人にはホントいつも感謝感謝で、
今晩のステージもどんなことになるか楽しみにしています。

是非皆さんもお友だちとお誘い合わせて遊びに来て下さい。
会場でお待ちしています!

■Hiroshi Kumaki ライブ「Steam Dreams」
Hiroshi_Poster_20220625

・日時:2022年6月25日(土)23:00〜24:00
・会場:SL19B The Arboretum
・演出:Kerupa Flow
・YouTube中継:Sin Nagy

2022年6月20日月曜日

【SL19B】 SL19歳のお誕生日イベント、SL19B 開催中です!

 そうなんですよね。。。
以前はセカンドライフのお誕生日イベント SLB は、
日本では深夜時間帯のオープンに駆けつけて
いち早く日記に書いてお伝えしていたものですが。。。
最近は RL でバタバタしていて、今回も大幅に出遅れました。
今年は日本時間で先週の金曜日、6月17日の午前2:00に開幕、
27日(月)の昼過ぎぐらいまで行われますが、
僕は昨日になって漸く行って来た感じですよ。
なのでその遅ればせながらのレポートをば。。。

まず、最初に訪れたいのが Welcome Area、
謂わばお祭りの入場ゲートのような場所ですね。
今年のテーマは「スチームパンク」ということで、
いきなりそれらしい、機械仕掛けの飛行船のような場所になってます。

220620a

・Welcome Area

さて、見るところはたくさんありますが、SL のお祭りと言えば
やはりゴキゲンな音楽を聞きながらのダンスですよね。
そうした音楽の会場は昨年まではライブステージ、DJ ステージ、
そしてリンデンスタッフの講演もある講堂という構成でしたが、
今回はそういう枠を取っ払ってか、どこで何をやっているか
ぱっとはわからない名前に。。。それもステージかどうかわからない、
そんな名前と建物になっています。
ので、各ステージを回った感想を交えながらのご紹介。

・Steamworks

これは蒸気で駆動する工場ですね。
上記 LM の場所からは階段を昇って大きな工場の中に入って行きます。
そうすると照明にステージらしきものが。。。
きっとここがライブステージなんでしょうね。

・Vernian Rotunda

"Vernian" という単語は普通の辞書には出てないかも。
でも、スチームパンクが好きな、SF 好きな人にはわかりますね。
そうです、ジュール・ヴェルヌのことです。
「ヴェルヌの円形広間」とでも訳しましょうか。
はい、その名の通り、中央にステージのある
広い円形のスペースですのでダンスするのによさそう。
きっとここがかつての DJ ステージですね。^^

・SL19B The Arboretum

そして残る1つは、「樹木園」と名付けられた、
森の中のひっそりとした空間。
そう、ここはリンデン・スタッフが登場する
"Meet the Lindens" の会場。
ということは、かつての「講堂」に当たる場所ですね。
ということは、はい、今年もヒロシはここで演奏する予定ですね。
6月25日(土)23:00となりますのでお忘れなく!

220620b

まず自分のライブを先に宣伝しましたが、
僕個人としては、"Meet the Lindens" に新しい経営者の
Oberwolf Linden とかつての経営者の Philip Linden が
同じ時間に2人揃って登壇するとのことなのでとても楽しみ。
なんですが、時間は SL 時間で 21日(火)2:00 PM とのことなので、
日本時間にすると22日(水)6:00 AM ですね。
朝の忙しい時ですが、これを見てから出勤するか、
それともビデオが公開されるのを待つか、悩ましいところです。。。

さて、ここまでイベントについて書いてきましたが、
SLB のもう一つの楽しみは、何と言っても住人のみんなが
誕生日のお祝いに創った様々な展示物です。
その中から今回は特に盟友であり、SLB常連でもある
ケルパさんの会場をばチラ見せです。

220620c

はい、チラっとでしたが、もう到着した瞬間、
いつものケルパワールドが迫ってきているのがわかりますね!
ここから先は是非ご自分で訪れて体験してみて下さい。^^

・"Detachment from Dichotomies" by Kerupa Flow

何だか難しい英語のタイトルが付いてますが、
禅の「両忘」ということを表現したのだそうです。
いあ、日本語もやっぱり難しい。。。w

ケルパさんの他にもこうしたアートな展示物が、
SL19B の全24 SIM に展開されているわけですので
必見です。きっと面白いものが見つかると思います。
が、そんなに広いんじゃどこから見たらいいか、、、
と迷われる方のために、ちゃんとライドが用意されています。

・Yavascript Pod Terminal

私は、時間がある時はこのライドに任せて会場を見て回るのが好き。
ライドに乗ると各会場の前でその展示について
ちゃんと説明してくれるんですよ。
で、気になったところで降りてそこから歩いて見て回るのです。
でも、あまり時間ないし、ちゃんと調べてから絞って観たい、
という方のためには、行き先ガイドがオススメです。

・行き先ガイド「SL19B」

この他、ギフトがもらえるところや、ハントもやってますので、
是非このガイドで確認して行って見られるとよいと思います。
僕もまた気になるところがあったらこの日記に書くかもです。
長くなりましたので、今日のところはこの辺で。
それでは、また!

■Hiroshi Kumaki ライブ「Steam Dreams」
Hiroshi_Poster_20220625

・日時:2022年6月25日(土)23:00〜24:00
・会場:SL19B The Arboretum

2022年5月31日火曜日

リンデンの社長

 昨晩は SL19B の記事をちょこっとだけ書いたけれども、
その時に思い出したのがちょうど1年前、SL18B の時のことだ。
最近しんさんが当時の動画を公開してくれたので
僕も自分のステージを改めて見直して、そうだった!
と思い出したことがある。
そう、ちょうど1年前、SL18B を目の前にして、
リンデン・ラボの社長、CEO の Ebbe Altberg さんが亡くなったのだ。

Ebbe さんの死は衝撃的で、同時に、例えばフィリップさんのように
あまり派手に立ち回る方ではなかったものの、
確実に SL のいろいろなプラットフォームというのか
基盤的なところをしっかりとしたものに改善して
SL を安定したサービスにして来られたためか
多くの方がその死を悼む投稿をしていたのを思い出す。

あれから1年。
僕もこのところ SL の最新情報からは疎くなっていたので、
結局今は誰が社長をやっているのだろう? と調べてみたら、
何と、CEO という役職は空席のままだった。
それだけ Ebbe が空けた穴を塞げるような人材はいないということか?

現在のリンデンのトップは、リンデンを買収した投資会社の
Brad Oberwager さん(アバター名 Oberwolf Linden)が
Executive Chairman という役職に就いておられます。
Chairman というと日本語では「会長」で、
「社長」がいて「会長」がいる、というのが普通考えられる体制で
「会長」がいて「社長」がいないというのはちょっと不思議かも。

実は、日本では「会長」というと、社長をやってた人が
謂わば院政的に会社に残っているようなイメージがあるけれども、
実は英語では Chairman と President は明確に役割が分かれてます。
そもそも Chairman というのは Chairman of the Board の略で、
つまり、役員会、取締役会の議長のことを意味します。
役員会の招集や議題の提示、議事の採決などが主な役割で
つまりは会社の運営方針を決めるのが Chairman の仕事です。

対する President は、その会社の運営の代表です。
即ち、具体的に会社を動かす責任者です。
部長クラス以下の社員に指示を出して会社を動かすと共に、
その結果を役員会に報告する義務があるのが社長です。
従って、会長は役員会を主催して会社の方針を決め、
社長はその方針に従って実際に会社を動かす責任者ということです。
そして、実際に会社を動かすメンバーは Executive、
即ち「執行」という肩書きが社長以下の会社側の人には付くわけです。
日本の会社の場合は、経営サイドの役員と
運営サイドの社長・部長などが兼任の場合が多くて
その境目があまりはっきりしませんが、英語の場合はこのように
明確な役割分担があるわけなんです。

こうして考えると、Oberwolf さんが面白いなと思うのは、
Ebbe さんほどの Executive を束ねる人がいないと思ったからか
Chief 〜 Officer という役職の人たちを増強しています。
それはそれで、そういう体制はありだと思いますが、
一方で自分はあくまでも Chairman と一歩退いてる感じ。
だけど一応 Executive って付いてるっていう。
この方、単にお金儲けのためにリンデンを買ったのか、
それとも何か面白いことを見込んで経営に乗り出したのか、
今年の SL19B で機会があったら、Meet the Lindens で
この人がどんなことを喋るか聞いてみようかな。