2018年1月7日日曜日

【SL】正月に書く(5)〜Mitsumi Town, Mopire City がスゴイ!

さて、お正月にまとめていろいろと記事を書いている
「正月に書く」のシリーズ、松の内の最後はSLの話題です。

昨年のことですが、MacBook を買い替えたので、
どのくらい快適になったかと久しぶりに SL サーフィンをしようと
「行き先(Destination Guide)」を見ていたら、
Editors' Picks に面白そうな場所を見つけました。

http://secondlife.com/destination/mitsumi-town-in-tokyo

https://secondlife.com/destination/mopire-tokyo-subway-station

説明によると Google Map を元に東京を再現した、なんてある。
へぇ〜、と思って訪れたのが、Mitsumi Town, Mopire City と繋がる
この一画。

180107a.jpg

へぇ〜、どころではない! 何と言うディテール!
何と言う既視感!
そう、東京に住んでる人なら誰でも、あ、ここ知ってる!
そんな感覚に囚われるのではないだろうか。

180107b.jpg

ディテールと言えば、この地下鉄の駅もスゴイ。
テクスの持つ質感といい、張ってあるポスターの感じといい。。。
あと、この地下鉄の駅に降りて行く階段がまたスゴイ。
実際の地下鉄の駅の階段みたいにあっちこっちに曲がって
なかなか乗り場に近付かないんですよね。w
ここまでやるか、という念の入れようです。^^

180107c.jpg

鉄っちゃんなので、駅の写真ばかりで申し訳ないけれども、
地下じゃなくて上に上がっていくモノレールの駅がまたスゴイ。
駅の掲示物の感じとか、上に上がっていくエスカレータが
またいいんです。^^
Google Map の話が紹介に出てたので、
あ、ここ知ってる、どこだっけ、どこだっけ? と
必死に思い出そうとしてる自分がいましたよ。www
それくらい、よく出来た街なので、もしまだ行かれたことのない方、
是非ここを訪れて散歩してみるといいです。
今回紹介したのは駅の写真ばかりでしたが、
周りに建つビルがまた既視感いっぱいで、
やっぱり、ここどこだっけ? となるのですよ。w

2007年に僕なんかがSLに参入した時は、
建物なんか作るのはプリムが基本だったので、
実際の建物などの再現にはいろいろな制約があって
なかなか難しいものがあり、
寧ろ、現実にない、現実では不可能な建物を創るのが
楽しかったりもしましたが、
今はやろうと思えばここまで現実を再現できる、という
見本のようなものがここにはあります。
先ほど、ここまでやるか、と書きましたが、
この街を創ったクリエイターのみなさんには
脱帽しないではいられません。

お薦めです。

【RL】正月に書く(4)〜働き方改革の先に

最近思うあれこれを正月の休みを利用して書こうと思ってたけど
4つ目のこの原稿を書いているのはもう九州を離れる福岡空港。
長いようで短い休みでしたね。

ところで、お正月に九州に来る時は大体、
初日の出を見た後、その足で東京駅に向かい、
東京駅から新幹線に乗ってまず京都を訪れるのだけれど、
朝何も食べてないので新幹線に乗るときにはお腹が空いている。
そこで、東京駅前の吉野家で牛丼を食べて腹ごしらえするのが
早朝に新幹線に乗る時の習慣になっちゃってます。w

ところが、今年の元旦はお目当ての吉野家さんお休みでした。
そう言えば、早朝の東京駅を歩くことは結構あるけれど、
さすがに元日とあってか、今年はしーんとしてました。
結局朝ご飯はその近くのすき家で済ませたのですけれどね。

今年は、元日や1月2日を休むところが増えていると聞きました。
そうですよね、お客さんとしては24時間、365日の営業は便利だけど、
サービスを提供する側、働く側としてはこれは大変なことですよ。
かく言う僕も銀行で働いているので、
一般の会社に比べるとオフィシャルな休みは少ないのです。
今回も同僚に仕事をお願いして親許に来ている始末。

特に昨年あたりから「働き方改革」なる言葉が
毎日のようにニュースに出て来ますけれど、
労働環境をよくするには、私たちが当たり前と思ってる
サービスのあり方自体を変えていく必要がありますよね。
よく、企業と消費者を対立の構図で描いたりしますけど、
消費者は同時に企業で働く人であるわけなので、
いわゆる「働き方改革」が進めば、元日の営業は勿論、
24時間営業のコンビニとかもなくなるということです。

僕らが子供の頃は、お正月にお年玉をもらっても
おもちゃ屋さんとか休業ですぐに欲しいもの買えなかったり、
お盆もそうでしたね。
アメリカに行くと、安息日である日曜にお酒売ってなかったり、
今の東京の基準で考えると不便なことが多かったりしますが、
でも、今の東京の基準、24/7/365 という生活が
本当はおかしいのかもしれないですね。

元日からいきなり想定外の不便さに出くわしたヒロシですが、
これから高齢者が増える一方で人口が減って行くと言われる日本で、
こうした不便さ、ある意味当たり前の生活に戻すことが
大事なのかもしれません。

2018年1月6日土曜日

【RL】正月に書く(3)〜池井戸潤を読む——そして銀行用語について

最近はテレビドラマの「陵王」がヒットしている池井戸潤さん、
この方は私も関係している某銀行出身の方で、
皆さんご存じ半沢直樹や花咲舞シリーズなど銀行ものが得意な方だ。
それで、昨年花咲舞の新刊が出た時、
以前同じ銀行で仕事をしていた友人とその話題になった。

銀行で働いている人間からすると、
これらのシリーズはとてもおもしろいのだが、
銀行関係者以外の一般の人にはあまりおもしろくないかもね、
という結論に至ったのだった。
実際、Amazon や honto などのレビューを読むと
必ずしも好意的でないものが見受けられる。
その理由の一つは、これらの原作本がドラマより現実的だ、
というところにあるかもしれない。

例えば花咲舞のシリーズについて言うと、
テレビドラマでは毎回舞が悪徳支店長などに
「あなたは間違ってます」と最後通告を突きつけて
その支店長がどこか遠くの支店に飛ばされるか
関連会社に出向になる、という勧善懲悪的な筋書きで
それがスカッとするのだろうけれど、
そんなことを支店長に言える女子行員なんて現実には存在しない。
それで原作では、このあとどうなるのだろう? と
曖昧にすっきりしない結末で話が終わるものが結構ある。
つまり問題提起のまま終わってしまうのである。
これではテレビを見てから原作を読む人はすっきりしない。
また、テレビでは相馬調査役の上川隆也がかっこいいのだが、
原作では事なかれ主義のできれば何もしたくない、
全くヒーローではない存在として描かれている。
が、これまたより現実的な描かれ方だと言える。

それでも何故銀行関係者が読むとおもしろい、共感できるかと言うと、
花咲舞にして、「私たちは銀行員ですから」と、
銀行員であることに誇りを持っていて、
また、銀行員以外の仕事は考えられない、
という描かれ方をしているからだ。
これこそ、銀行員という職業に就いている人の
心持ちを代弁していると言えよう。
そう、銀行員は他のどんな業種の会社員とも違うのだ。
そんな誇りが銀行内で使われる言葉の端々に表れる。
そこで、池井戸潤さんの銀行ものを読む時の参考にもなると思われる
「銀行用語」をいくつか上げておこうと思う。

まず、銀行は普通の「会社」ではない。(笑
なので、普通なら「社」が使われる文脈で「行」が使われる。
例えば、

当社 ⇒ 当行
御社 ⇒ 御行(相手が他行(他の銀行)の場合)
入社 ⇒ 入行

因みに、この「入行」という言葉は頻繁に耳にする。
銀行は上下関係が厳しいので、仕事を一緒にすることになる相手が
「何年入行か」ということを常に意識する必要があるからだ。
そして、一日の終わり、一番最後に現場から退出することを

最終退行

と言う。これは池井戸さんの小説のタイトルにもなっている。
ほぼ毎日支店に鍵をかけて最後に退出する
副支店長蓮沼鶏二が主人公の物語だが、
僕自身残業が多くて前の現場では実際に鍵が回って来ることがあって
それだけにこのタイトルには惹かれて一気読みしましたよ。w

それから一般の方には聞き慣れないのが、本部機構の役職でしょうね。
調査役とか上席調査役という言葉で出て来て、
僕も最初に銀行で仕事をするようになった時に
調査役の肩書きの名刺を頂いた時はどんな偉い人かと思いました。
実際には、銀行によって、或いは配属されている部署によっても
異なるのでしょうが、調査役は普通の会社の主任〜係長〜課長、
上席調査役は課長〜部長くらいの感じでしょうか。
勿論、本部機構にもこれとは別に部長、次長という役職もあります。
そして、調査役クラス以上の人をまとめて役席という呼び方をします。
「席」というのは具体的な机や椅子のある場所を言うのでなく、
その役職の人、という意味で使います。
なので、部長席というのは部長の机がある場所でなく、
部長その人を指します。
「この位の案件になると部長席に報告しないと」などと使います。

最後に、これは当行が特殊なのかもしれませんが、
やたら難しい漢語を使うところでしょうか。
池井戸さんの小説にもその表現があったので気になったのが、
「静観」と「疎開」です。
静観は何もしないこと、疎開は逃がすことを言います。
僕はシステム部門の人間なので、
疎開と言えばデータを別の場所に移して保存することを言いますが、
池井戸さんの小説には国税に見られてはマズイ書類を
隠す話のところで出て来ましたね。(苦笑

こうした普通の会社とは違うぞ、という
銀行員の意識みたいなものがわかると、池井戸さんの銀行ものも、
一般の方々にも少しはおもしろく感じられるかもしれませんね。
以上、ご参考まで。

2018年1月5日金曜日

【RL】明日、1月6日(土)13:00より「弾き初め II」

さて、九州の親の家で正月を過ごすのも今晩が最後、
明日1月6日(土)の午後にはここを離れて東京に戻ります。
そこで、もう一度この九州からUstreamで即興演奏、
「弾き初め」の第二弾を行います。
お時間が合うようでしたらお付き合い頂ければと存じます。
どうぞよろしくお願いします。

■Hiroshi Kumaki「弾き初め2018 II」
・日時:2018年1月6日(土)13:00〜13:30
・URL:http://www.ustream.tv/channel/hiroshi-kumaki-live-from-second-life
・内容:シンセサイザーなどの即興演奏

【RL】正月に書く(2)〜ミュージカルとしてのスターウォーズ

年末に僕も「スターウォーズ/最後のジェダイ」を見て来ましたよ。
「スターウォーズ」は子供の頃無断で一人で観に行った映画だ。
その頃僕の家では映画は必ず親同伴でないといけなかったのだが、
父も母も忙しく、待ってられん、とこっそり観に行ったのだ。w
この時観たのが一作目の所謂エピソード IV で、
冒頭からタイトルロールと大きなスクリーンを埋め尽くす
宇宙戦艦に驚くやら狂喜するやらなのであった。
以来、毎回続編が作られる度に観に行っているのだが、
果たしてどこがおもしろいのかと興味のないファインでもない人に
説明するのはとても難しい。w
恐らくは、ファンの人がおもしろいと思っている点が
そのまま、だからつまんなそう、と思われるフシもあろう。

そんなこともあって、今回「最後のジェダイ」に先立って、
Hulu が過去の7作とアニメのTVシリーズを配信してくれているので、
今更とは思いながらも、何がおもしろいのか、
そのいくつかを改めて見直してみた。
そこで、これまた今更のように気づいたことがあるので
ここに書いておくことにします。

それは、映画の始めから終わりまで、音楽が鳴り続けている、
ということ。
僕はかつて、やたらとBGMが鳴ってる映画に閉口したことがある。
いや、音楽好きとしては音楽は鳴るべき場所で鳴るのがいいので、
コンテキストに関係なく、場違いな音楽が鳴るのが嫌いなのだ。
しかし、スターウォーズに関して言えば、
鳴っているのが気づかないくらいに最初から最後まで
音楽が鳴り続けているのだ。w
そう、鳴り続けているからこそそこに音楽があると気づかない、
寧ろ、ぴたっと音楽が止んだ時に、逆に緊張感が高まるのだ。
実は、常にそこにあり続ける音楽こそこの映画に人がどう感じるかを
うまく演出しているのではないか。

これは、僕にはヴァーグナーの楽劇を思い起こさせる。
ヴァーグナーの楽劇は、要所要所で「歌」が入るオペラとは異なり、
歌らしい歌がないままに、オーケストラがずっと鳴り続ける。
そして、そのオケは登場人物の心情や周囲の状況を
「ライトモチーフ」というそれぞれに応じたメロディなりフレーズで
暗示する形で進んでいくのだ。
だから、僕は初めてヴァーグナーの楽劇をLPで聴いた時、
これは19世紀におけるサウンドトラックだ、と思ったものだ。

そして、である。
ジョン・ウィリアムズによるサウンドトラックは正に、
20世紀、21世紀におけるライトモチーフのように作用する。
そう言えば、ブラスが鳴り響くオーケストレーションは
恰もヴァーグナーのようではないか!
今回「ジェダイの帰還」を改めて観て思ったのは、
最後にダース・ベイダーが荼毘に付されるシーンで
流れている音楽は帝国軍マーチでもおどろおどろしい音楽でもなく、
清らかなジェダイのテーマなのだ。
つまり、この音楽でベイダーはダークサイドとしてでなく、
浄められ、ライトサイドのジェダイに戻ったことを象徴しているのだ。
だからこそ、最後にオビ=ワン、ヨーダと共に、
ジェダイとして活躍したころのアナキンの姿で
ルークの前に現れるのだ。

ストーリーも、メカも、様々な設定も
それぞれおもしろいところはいろいろあると思うけれど、
音楽に注意して見直してみると、新たな発見があるかもしれませんよ。
そう、スターウォーズは、実はミュージカルだったのだ!

【RL】正月に書く(1)〜和歌のこと

今年のお正月は少しだけ長く休みを頂きました。
この機会を利用して、サボってばかりのこの日記も
このところつらつら考えていることなどを
少しばかり書いてみたいと思います。

まず最初はお正月らしく和歌のこと。
和歌が五七五七七のリズムを持つ歌であり、
そのリズム故に三十一文字と呼ばれることは誰でも知るところですが、
何故五七のリズムなのか、何故31音なのか、
ということについてはあまり知られていないのではないでしょうか。その答えとしては、『ホツマツタヱ』の説明が最もしっくり来ると
僕は思っています。

かなり端折って説明すると、五と七を足すと12、
即ちこれは月の数に一致するのと、
1年365日をこの12で割ると凡そ31になるということ、
即ち、天の巡りを表している、というのです。
そして、和が12になる組み合わせは幾らもあるでしょうに、
何故5と7かというと、これが「ヲ」即ち軽い「陽」と
「メ」即ち重たい「陰」とを象徴するからと言われています。
4と8でも同じでは? と思うかもしれませんが、
5と7とが割り切れない素数であることが宇宙なり世界の
根源として重要な性質ではないかと僕は考えています。

人がこの世に生まれて来るのは、
陰と陽、風や水などの5つの元素、5、7、31を基本とする天の巡り、
そして宇宙の彼方にある目には見えないもの、
そうした全てのはたらきによってであるというのがホツマの世界観、
そのはたらきを「シキシマ」と呼んだようです。
今、敷島の道と言えば和歌のことを指しますが、
その和歌は自分自身の生命、存在と大宇宙が共鳴するものとして
捉えられていたようです。
言霊、とはそのような古代の日本の信仰を言うのでしょう。

この国の歴史の転換点で和歌が大きな役割を果たしたことがあるのは、
このような背景があってのことなのでしょう。
たった31文字を通じて自然や宇宙と交流する、
そんな素晴らしい文化、伝統を持った国に生まれたことを
嬉しく思うヒロシなのです。

2018年1月3日水曜日

このあと22:45より弾き初め!

こんばんは。ヒロシです。
このあと22:45より新年最初の音出し「弾き初め」を行います。
お時間ある方、次のUstreamチャンネルでお付き合い下さい。^^

http://www.ustream.tv/channel/hiroshi-kumaki-live-from-second-life