さて、今年の Burn2 の(そして勿論本家のバーニングマンの)
アートテーマである "Curiouser & Curiouser" って
何なんでしょう?
普通に辞書を引いても出て来ないかもですね。
寧ろ Google や Wikipedia で『不思議の国のアリス』の関係で
説明が出て来るかもしれません。
この表現は『不思議の国のアリス』の第二章の冒頭に出て来ます。
どんな文脈で出て来るか、ちょっと原文で見てみましょうか。
Soon her eye fell on a little glass box that was lying under the table: she opened it, and found in it a very small cake, on which the words "EAT ME" were beautifully marked in currants. "Well, I'll eat it," said Alice, "and if it makes me grow larger, I can reach the key; and if it makes me grow smaller, I can creep under the door; so either way I'll get into the garden, and I don't care which happens!"
She ate a little bit, and said anxiously to herself, "Which way? Which way?", holding her hand on the top of her head to feel which way it was growing, and she was quite surprised to find that she remained the same size: to be sure, this generally happens when one eats cake, but Alice had got so much into the way of expecting nothing but out-of-the-way things to happen, that it seemed quite dull and stupid for life to go on in the common way.
So she set to work, and very soon finished off the cake.
"Curiouser and curiouser!" cried Alice (she was so much surprised, that for the moment she quite forgot how to speak good English); "now I'm opening out like the largest telescope that ever was! Good-bye, feet!" (for when she looked down at her feet, they seemed to be almost out of sight, they were getting so far off). "Oh, my poor little feet, I wonder who will put on your shoes and stockings for you now, dears? I'm sure I shan't be able! I shall be a great deal too far off to trouble myself about you: you must manage the best way you can;—but I must be kind to them," thought Alice, "or perhaps they won't walk the way I want to go! Let me see: I'll give them a new pair of boots every Christmas."
And she went on planning to herself how she would manage it. "They must go by the carrier," she thought; "and how funny it'll seem, sending presents to one's own feet! And how odd the directions will look!
ALICE'S RIGHT FOOT, ESQ.
HEARTHRUG,
NEAR THE FENDER,
(WITH ALICE'S LOVE).
Oh dear, what nonsense I'm talking!"
おお、英語がいっぱい! ムリ〜〜、という方のために、
もう、アリスの翻訳はこれが決定版! と僕が考えている
柳瀬尚紀さんの日本語訳で見てみましょう。
* * *
まもなく彼女は、テーブルの下に置かれてあるガラスの小箱に目をとめた。開けてみると、とても小さなケーキがはいっていて、「わたしを食べて」という文句が並んだ干し葡萄で美しく書かれている。「じゃあ、食べてあげる」アリスはいった。「それでもし大 きくなったら、鍵に手が届くでしょ。もしもっと小さくなったら、扉の下をくぐり抜けら れるし。どっちにしたってお庭にはいっていけるんだから、どっちだってあたしかまわな い!」
彼女はちょっぴり食べてから、心配げにひとりごちた。「どっち? どっちなの?」頭のてっぺんに手をやって、大きくなるのか小さくなるのか確かめようとしていたが、ずっとそのままの大きさなので彼女はほんとうに驚いた。もちろんケーキを食べたくらいで大 きくも小さくもならないのがふつうなわけで、しかしそれにしてもアリスは、もっぱら風変わりな出来事ばかりが起こるのにすっかり馴れっこになってしまったので、ありきたりのことがつづくのがなんとも退屈でばかばかしいように思われたのだ。
そこでアリスは、せっせとケーキに取りかかり、じきに平らげてしまった。
「奇妙れてきつ! 奇妙れてきつ!」アリスは大きな声でいった。(なにしろびっくり仰天したもので、一瞬、正しい言葉遣いを忘れてしまったのだ。)「今度は、あたしずんずん伸びていくわ、世界一大きい望遠鏡みたいに!! さようなら、足さんたち!」(足先を 見おろすと、それはとうに見えないくらいに、ぐんぐん遠くへ去っていくではないか。)「かわいそうな足さんたち、これからは誰に靴や靴下をはかせてもらって? あたしはとてもはかせてあげられなくてよ! こんな遠くから、わざわざあなたたちの面倒を見にいかれないもの。できるだけ自分できちんとしてちょうだい——でも、やっぱりあたしが親切にしてあげなくちゃ」と、アリスは思った。「そうしないと、あたしの行きたいほうに歩いてくれなかったりして! ええと、そうね、毎年クリスマスに新しいブーツを送って あげましょう」
そして彼女は、うまい送り方をひとり思いめぐらせた。「飛脚便で送らなくちゃ」 彼女は考えた。「でも、すごくおかしいみたい、自分の足にプレゼントを送るなんて! 宛名 だって、ずいぶん変わってること!
だんろ前町
じゅうたん上
アリスの右足様
(アリスより愛をこめて)
おやまあ、なにをつまらないこといってるの!」
* * *
"Curiouser and curiouser!" とアリスが叫んだあとに
「正しい言葉遣いを忘れてしまった」とありますが、
ここの元の英語は "she quite forgot how to speak good English"
となっています。
"curious" と言う英語は「興味深い、気になる、奇妙な、おかしな」
という意味の言葉なのですが、
英語では「だんだんその度合いが増していく」という場合に
同じ単語の比較級を "and" でつないで表現するのです。
で、比較級は短い単語の場合は後ろに "-er" をつけるのですが、
2音節以上の長めの単語の場合は前に "more" をつけるのが
「正しい英語、よい英語」なのです。
そこで、"curious" の場合は "more curious" になるので、
正しい英語だと "More and more curious!" なんでしょうね。
ところがアリスはあんまり驚いたもんだから
その正しい英語を忘れて "-er" をつけた表現にしてしまった、
というのです。
これ、子供向けの本で、こうした文法的な誤りを
翻訳に表すというのはなかなか難しいですね。
柳瀬さんは「奇妙れてきつ」と、
それこそへんてこな日本語で訳しています。
この他、皆さん、大変苦労されているようで、
この "Curiouser and curiouser!" をどう訳しているかというと、
次のような感じです。
芹生一:「てこへんだわ。ほんとにてこりんへん。」(1979 偕成社文庫)
矢川澄子:「へんてこんて、へんてこんてえ!」(1990 新潮文庫)
北村太郎:「てこへん、へんてこ!」(1992 集英社文庫)
高橋康也・迪:「ますます、妙だわ、ちきりんよ!」(2010 河出文庫)
河合祥一郎:「へんてこりんがどんどこりん!」(2010 角川文庫)
山形浩生 :「チョーへん!」(2012 [1999] 文春文庫)
佐野真奈美:「ぜんぜんびっくり!」(2015 ポプラポケット文庫)
皆さん、苦労されてますねー。
柳瀬さん含め、殆どの方が単に「ヘンな日本語」で訳していて、
「文法的に誤っている」表現をしているのは
最後の佐野さんの訳だけのようですね。
これは、「ぜんぜん」は否定に使うから、という前提ですが、
最近は「ぜんぜん」を肯定で使うこともありますからね。。。
僕が柳瀬さんの翻訳が「決定版」だというのは、
英語の原文の言葉あそびをそのまま日本語に持って来ているからで、
なかなかこうはできないものですよ。
『アリス』にはへんてこな詩がいっぱい出てきますが、
僕がぶっ飛んだのはやっぱり『鏡の国のアリス』に出て来る
「ジャバウォッキー」の詩ですね。
ジャバウォッキーは今年の Burn2 の SIM の名前でもありますので
今日のお別れに柳瀬さんの翻訳を紹介しておきましょう。
元の英語のぶっ飛んでてわけわからん感じが
実に見事に表現されていると思います。
* * *
あぶりぐれきたりて ぬらたかなるとなげら
前後普角(ぜんごふかく)に転(てん)し錐(きり)しけり
いともかよわれなりしはぼろぐろげら
えでたるとんじらほしゃずりけり
「邪歯羽尾ッ駆(ジャバウオック)に気をつけるんだぞ、わが息子!
牙むき出して噛みつくぞ、爪むき出して襲いくるぞ!
邪舞邪舞(ジャブジャブ)鳥に気をつけるんだぞ、それからよいな
たけむりくるう蛮駄栖那ッ致(バンダスナッチ)にゃ近づくな!」
息子はまきれもなぎな剣(けん)を手に
蕩島(とうとう)たる敵をながらく尋(たず)ぬ——
かくて憩(いこ)いたるはボロロン樹の蔭
しばし佇(たたず)みて思いに沈みぬ
そしてむかっぽい思いに沈みつつ佇むとき
かの邪歯羽尾ッ駆、燃ゆる眼(まなこ)輝かせ
ぐらぎ森中よりじゃぞじゃぞっと現れ
そして罵(ば)ぶりに罵ぶりたり!
えいっ、おーッ! えいっ、おーッ! ぐさり、またぐさり
まきれもなぎな刃(やいば)の切れ味まぎれなし!
屍(しかばね)打棄(うっちゃ)り、その首かかえ
息子は意気ばかばかと家に帰りし
「するとおまえが邪歯羽尾ッ駆を退治したとな?
でかしたぞ、輝(かが)みらしきわが息子!
ああ、天晴(てんばれ)なるぞ! まごとじゃぞ! めごとじゃぞ!」
ねごとく笑う歓喜のその声
あぶりぐれきたりて ぬらたかなるとなげら
前後普角(ぜんごふかく)に転てん)し錐(きり)しけり
いともかよわれなりしはぼろぐろげら
えでたるとんじらほしゅずりけり
* * *
因みに、英語の原文はこんな感じです。
辞書引いても出て来ないヘンな単語ばっかりですよ。www
’Twas brillig, and the slithy toves
Did gyre and gimble in the wabe;
All mimsy were the borogoves,
And the mome raths outgrabe.
“Beware the Jabberwock, my son!
The jaws that bite, the claws that catch!
Beware the Jubjub bird, and shun
The frumious Bandersnatch!”
He took his vorpal sword in hand:
Long time the manxome foe he sought —
So rested he by the Tumtum tree,
And stood awhile in thought.
And as in uffish thought he stood,
The Jabberwock, with eyes of flame,
Came whiffling through the tulgey wood,
And burbled as it came!
One, two! One, two! And through and through
The vorpal blade went snicker-snack!
He left it dead, and with its head
He went galumphing back.
“And hast thou slain the Jabberwock?
Come to my arms, my beamish boy!
O frabjous day! Callooh! Callay!”
He chortled in his joy.
’Twas brillig, and the slithy toves
Did gyre and gimble in the wabe;
All mimsy were the borogoves,
And the mome raths outgrabe.