2026年8月30日日曜日

【レビュー記事】 熊本マリさんのモンポウを聴く~『SECRETO(秘密~熊本マリ・モンポウ・ベスト)』

今年の3月に熊本マリさんの『ゴルトベルク変奏曲』に接して、
その時、やはりマリさんと言えばモンポウを聴いてみたい、
と書きましたが、その後そのマリさんのモンポウ・ベストという
『SECRETO(秘密~熊本マリ・モンポウ・ベスト)』を
買って聴きましたので今日はその話を。

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マリさんと言えばモンポウのピアノ曲全曲録音を
世界で初めて行った方なので、本当はその全曲を聴くべきですが、
お恥ずかしいことに、自分はスペインの作曲家については、
デ・ファリヤが好きで、ピアノ曲の作曲家としては
アルベニスやグラナドスなどを知っている程度で、
モンポウという作曲家は実のところマリさんの経歴を見るまでは
全く知らなかったのです。
1983年録音のアリシア・デ・ラローチャが弾いた
『モンポウ・リサイタル』の解説の冒頭に濱田滋郎さんは
「同じ年齢の大ギタリスト、アンドレアス・セゴビアと並んで、
〝スペインの国宝〞と呼ばれてもよい作曲家であった。」
と書かれていて、スペインではかなり有名な方のようなのです。
そんな、あまりに無知なところから始まっているので、
まずはそのモンポウの代表的な作品から聴いてみなければと思い、
まずはこのベスト盤から聴いてみることにした次第です。
(ベートーヴェンのピアノ・ソナタで言うなら、
 よくある「悲愴」と「月光」と「熱情」が入ったものを
 聴くような感じでしょうか。。。)

さて、そのマリさんのモンポウ・ベストの話に入る前に、
僕同様モンポウという作曲家を知らない人のために
簡単におさらいをしておくと、1893 年生まれということなので、
1860年生まれのアルベニスやグラナドスより2世代、
1876年生まれのデ・ファリャより1世代後ということでしょう。
アルベニスやグラナドスと同じカタルーニャの生まれで、
16歳の時にバルセロナに来たマルグリット・ロンが弾く
フォーレの演奏を聴いて作曲家になることを志したらしいです。
そして 1911年、18歳の時にグラナドスの紹介状と持って
フォーレに会いにパリに行くものの、
フォーレには会わず、ドビュッシーやサティの影響を受けながら
パリで過ごし、3年後の 1914年に第一次世界大戦を避けて
バルセロナに戻って来たらしいです。
この頃、最初期の作品である『内密な印象』は、
まだバルセロナにいる頃から書き始められ、
バルセロナに戻って来てから完成されたそうです。

その後 1921年に再びパリに向かい、
1941年にパリがナチス軍に占領されたのを機に
再びバルセロナに戻り、この年に知り合った
ピアニストのカルメン・ブラーボさんと 1957 年に結婚、
創作活動を続けながら静かな生活を送ったようです。
そして、1987年に 94歳で逝去。

ということは!
マリさんのデビュー盤『モンポウ・眠れる詩人の歌』が出たのが
1988年ですから、モンポウの死の直後、
モンポウを大切に思うマリさんの気持ちがこのデビュー盤、
そしてピアノ曲の全曲録音の契機になったのだろうと
想像しています。
スペインに暮らしたマリさんにとって、とても大事な人だったと。

さてそこで今回聴いた「モンポウ・ベスト」と題された
『SECRETO』を買ったのは、1989年から1991年にかけて
発売された4枚の全集からの編集盤と勘違いしていて
そうであれば何となく全体の雰囲気がわかるのでは?
なんて浅はかなことを考えていたのですが、
実は、このディスク、1995年に新たに録音し直したものなのです。
ということは、これはよくあることなのですが、
その数年の間にマリさんのモンポウ作品への読みがより深くなり
今の自分だったらこう弾く、というのがあったからではないかと。
つまり、「熊本マリ・モンポウ・ベスト」という副題には、
「これがモンポウという作曲家のベスト作品集です」の意味と
「これが熊本マリが弾く現在のモンポウ演奏のベストです」の
ダブルミーニングなのではないか、と思うわけなのです。

そこでまた新たな期待を膨らませて聴くことにします。
実は同じタイミングで先に触れた
アリシア・デ・ラローチャの『モンポウ・リサイタル』も購入、
スペインのピアノ曲と言えばこの方の演奏で聴けば間違いない、
この方の演奏で聴くのがベスト、というくらいの人なので。
しかも嬉しいことに、『内密な印象』と
「歌と踊り第1番」、「同第2番」、「同第14番」は
マリさんのディスクと被っているし、ライナーノーツの解説は
どちらも濱田滋郎さんというのも嬉しい。
ちょっとした聴き比べを楽しませて戴きました。

デ・ラローチャの『内密な印象』は、そのタイトル通り、
どこか思い詰めたような、内省的な響きのピアノでした。
その演奏を聴いたあとでマリさんの演奏を聴くと、
わぁっ、と心が洗われるような明るい響き。
これは、録音が行われたプラハのドヴォルザーク・ホールの
残響がもたらす効果で、このホールはチェコ・フィルの本拠地で、
ヨーロッパでも最古のホールの一つで、その音響の素晴らしさで
有名なホールなのです。
このホールの響きがマリさんのピアノの音色に陰影を与えて
とても魅力的な音楽に仕上がっているのです。

「明るい響き」と書きましたが、ではマリさんの演奏には
内省的な響きはないのかというとそうではなくて、
恐らくはモンポウが楽譜に示した細かい指示によって
テンポもデュナーミクも微妙に、霊妙に、
それもごく自然に変化し続けるものなのです。
『内密な印象』には、「哀歌」にはじまって、
「悲しい小鳥」、「小舟」、「ゆりかご」といった
どうも小さきものを慈しむような視線を感じるのですが、
その慈しむ感じというのが見事に表現されていると思うのです。

全体に静かな音楽なので、「スペインの音楽」といった時に感じる
デル・ソルなイメージとは全く異なる印象ですが、
それでもアルバムタイトルになっている「秘密」は、
2音ずつの組み合わせからなる不思議なメロディーで
そのリズムには聞き慣れたカタルーニャらしい響きを感じます。

その他、個々の曲についての感想は控えますが、
初期の『子供の情景』からの「庭で遊ぶ少女たち」、
「歌と踊り」のシリーズ、お父さんに捧げたという
「3つのヴァリエーション」、何れも素晴らしいですね。
モンポウがピアノの詩人と呼ばれるのがよくわかる選曲です。
何れも基本的には静かな音楽で、
一日を静かに終わるのに心落ち着く音楽だと思います。

「静かな音楽」と言えば、モンポウには
「ひそやかな音楽」と題されたシリーズがあり、
デ・ラローチャのディスクには彼女に捧げられた
第4番全曲が入っていましたので、
これもマリさんの演奏で聴いてみたいですね。
1991年の全集盤にも入っていますが、
2006年のズバリ『静かな音楽』のタイトルで出ているものに
全曲収められていますので、このあと聴いてみたいと思っています。

何だかまとまりのない文章になってしまいましたが、
結論めいたことを書くとすれば、
マリさんのこのディスクは、私のようなモンポウを知らない人にも
親しみやすく、その魅力を伝え、もっと聴いてみたいと思わせる
そんなステキな1枚だと思います。
実際、かなり売れたようで、2013年に再リリースされているが
何よりの証拠だと思っています。
まだ聴いたことないという方、お勧めです。^^

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