2026年7月5日日曜日

【レビュー記事】 話題の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』観ました!

SL23B の影響もあって、このところ映画づいてるヒロシです。
その SL23B のライブは「Golden Movies, Golden Music」という
テーマで行い、そのタイトル曲ではヒロコにこんな歌詞を
歌わせていました。

Golden, Golden
Golden movies with laughter and tears

「笑いも涙もある黄金に輝く映画たち」という意味ですが、
『マンダロリアン・アンド・グローグー』のヒットを他所に
コアなSF ファンの間で話題になっていたのが
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』で、
僕も大変気になっていたのですが、
今年の3月20日から公開されたばかりなのにも拘らず、
何とこの週末7月3日から Prime Video で配信が始まったので
早速視聴したところ、これがすごくよかった。
正に、笑いあり、涙あり、そして驚異的なビジュアルに
観終わったあとのスカッとする爽快感、
映画に求められる全てが詰まった素晴らしい映画なんです。
Prime Video での配信が早かったのは、
この映画が何と Amazon MGM スタジオの制作だからで、
このスタジオの公開初週の収益としては過去最高を記録したそう。
まぁ、そうだろうな、と思える出来栄えです。

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最初この『プロジェクト・ヘイル・メアリー』という
タイトルを聞いた時に何とも変なタイトルと思ったものです。
"Hail Mary" という英語はラテン語の "Ave Maria" を
訳したもので、日本語では「めでたし恵み深き聖マリア」
などのように訳されていますね。
なので、元はカトリックの讃歌から来ているのですが、
アメリカのカレッジフットボールでカトリックの大学が
一か八かの長距離のパスをする時に
お祈りの言葉を口にしたところから来ているようで、
一般的には1975年の NFL のプレイオフで
ダラス・カウボーイズのクォーターバックであった
ロジャー・ストーバックが 50 ヤードのタッチダウンパスを決め、
試合後のインタビューで「Hail Mary と祈ったよ」
と語ったことから広まったアメフト用語で、
どう考えても無理のある、一か八かを賭けたパスのことを
"Hail Mary pass" と呼ぶようになったそうです。

ということで、そう、この映画は、そんな一か八かの賭けを
託された一人の男、かつては分子生物学者で
学会から追い出せれて中学校の理科の教師をしている
ライランド・グレースという男の物語なのです。

映画の冒頭、グレースが目を覚ますとそこは宇宙の只中、
宇宙船のクルーたちは船長以下皆死んでいることがわかります。
何故自分が今ここにいるのか、記憶を取り戻していく中で、
金星から太陽に向かってある粒子の線が伸びていて、
その粒子は実は生命体で太陽を食べて生きていることが判明、
このまま放っておくと30年後には地球は寒冷化することがわかり、
更に、他の恒星系でも同様の事態が観測されるが、
タウ・セティ、つまりくじら座のタウ星のみがその影響を
免れているとわかり、きっとそこに解決の糸口があるに違いないと
一か八かの片道切符のミッションに自分が組み入れられたことを
知るわけなのです。
さて、グレースは一人で太陽を、そして地球を救えるか?
というのがこの映画のプロットです。

これ、原作者がアンディ・ウィアーというのがいいですね。
アンディ・ウィアーと言えば映画『オデッセイ』の原作者で、
あの映画も火星に一人残された男がそこで生き残ろうとする様が
描かれていて感動的でした。
またしても、今度は地球から遠く離れた宇宙の真っ只中で
一人で奮闘するの? という感じですよね。

これ以上はネタバレになるので書きませんが、
タウ・セティは地球から11光年とも12光年とも言われている
距離にありますので、光の速さで飛んでも往復24年くらいかかり、
30年後には間に合いそうもないです。
ここで面白いのは、その太陽を食べる生命体
-ー「星を食べる」という意味のギリシャ語から
アストロファージと名付けられますがーーが放出するエネルギーが
莫大なものであるため、それを宇宙船のエンジンに使う
というアイデア。
太陽を食べるその元凶を使って宇宙船を飛ばそうというのです。
どうもこのエネルギーによって地球からタウ・セティまで
4年くらいで移動できるようなのです。
つまり光より速く移動できるわけですが、
そんなことしたら宇宙船も主人公も物質からエネルギーに
変換されてしまうんじゃないの? とか疑問に思いつつも、
まぁ、光速より速く移動できないと
殆どの SF 映画は成り立たないのでそこは目を瞑りますか!

んで、結論から言うと、この孤独なミッションの中で
宇宙が見せる驚異的なビジュアルの美しさは、
『2001年宇宙の旅』とか『インターステラー』とかを
思い出させますね。
そうなんです。それくらい素晴らしい作品なんです。
コアな SF ファンが熱狂するのも納得なのです。
そこに更に笑いと涙が加わるのが素晴らしいのです。
はい、多くの人にお勧めしたいと思う映画なのです。

■プロジェクト・ヘイル・メアリー

2026年6月28日日曜日

【SL23B】 昨晩の SL23B ライブありがとうございました!

昨晩の SL23B ライブ、通常ではイベントをやってない時間帯、
しかも本来のステージではないところにステージを設営してなので
特に海外からのお客さんは来ないかも? と危ぶんでましたが、
運営側が全面的に協力してくれたこともあり、
日本の皆さんに加えて、海外からの方も結構いらして下さり、
なかなか好評なライブになったと感じています。
ご来場頂いた皆さん、ありがとうございました!

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Courtesy by Sin Nagy

さて、ここでいらっしゃれなかった方のためにも
昨晩のライブを簡単に振り返ると、
SLB ですから、オープニングはいつものようにヒロコの歌で
「Happy Birthday Second Life」でスタート。
本編の最初は、「ハリウッドの黄金時代」のテーマに沿って
また、会場が「The Golden Palms」であることもあって、
古きよき時代の映画をイメージしたビッグバンド風な曲
「Golden Movies, Golden Music」という新曲を披露しました。
1930年代とか40年代というと禁酒法、マフィアの時代、
コットンクラブ、デューク・エリントンという連想で、
ジャズ風な曲にしてみたのですが(ジャズはあまり得意でないのに)
同じくタップダンスのフレッド・アステアが活躍した時代でもあり、
曲の途中は楽器のソロでなく、ヒロコがタップダンスを踊る
なんて演出にしてみました。
そのヒロコは写真にある通り、1939年の名作「オズの魔法使い」の
ドロシーのコスチュームでの登場でした。w

続いては、僕は映画の中でも特に SF 映画が好きなので、
例の、「もし SF の名作が映画化されることになって
ヒロシがサウンドトラックを依頼されたら?」という
架空の設定に基づいて作った一連の SF ものの曲を
4曲演奏させて戴きました。
中でも「レイ・ブラッドベリのための音楽」の時に
「綺麗な曲」「ほんとだね」なんて会話が聞こえてきたのは
正直嬉しかったですね。

ライブの後半は、映画は夢や希望を与えてくれるけれど
現実の世界には戦争とか自然災害とかあって
これを乗り越えられるのは人と人のつながりで
それによってこそ平和を実現できると思う、
そして、セカンドライフこそ世界中の人と人が出会い、
共に何かを創っていける場所であり、
そこから現実の世界もよくしていけるはず、と
「World News」「Call for Peace」の2曲をお届けしました。

そして、締めはやっぱり、「セカンドライフのテーマ」でした。
セカンドライフが誕生して23年、
僕やなんか、多くの日本人が参加してから19年、
いまだに楽しい時を過ごせる場所、自分を表現出来る場所、
そして帰りたくなる場所として
セカンドライフが続いているということはとでも素晴らしいことと
感じています。
そんな場所でまたみなさんといろいろな経験を
共にしていけたらと願っています。

最後に改めて、会場にお越し下さった皆さん、
YouTube からご参加頂いた皆さん、
そしていつも応援して下さってるみなさんに御礼申し上げます。
ありがとうございます。
あと、ステキなステージと照明でライブを盛り上げてくれた
ケルパさん、そして撮影と中継をして下さったしんさん、
お疲れ様でした!
中継の方はトラブルで前半が放送できなかったようですが、
後半部分はバッチリ映像が残っていますので
下に記載したところから是非お楽しみ下さい。
上の写真もその動画からのカットになります。
しんさん、いつもありがとう!

それでは、みなさん、またどこかで。
ありがとうございました!

■Hiroshi Kumaki @ SL23B "Golden Movies, Golden Music"
・日時:2026年6月27日(土)22:00~23:00(日本時間)
・会場:The Golden Palms 特設ステージ
・出演:Hiroshi Kumaki, Hiroko Sweetwater
・演出・照明:Kerupa Flow
・YouTube 中継・撮影:Sin Nagy (Hole Shot Live)

2026年6月26日金曜日

【SL23B】 フィリップ、ケルパさん、そして明日!

やー、メチャメチャ忙しい1週間が終わりました。
そう、今週は毎日遅くまで仕事してて、
家に帰ったらバタリ。。。と行きたいところでしたが、
前回の日記で書いた通り明日のライブに向けて
いろいろと打ち合わせをしたり、
結構 SL23B な1週間なのでした。

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中でも、まず6月23日(火)の朝、5時前に起きて
ちゃんとリアルタイムで観ましたよ、フィリップのインタビュー。

僕はやっぱりこの人のことは好きなのですね。
何でしょう、生きるとはどういうことか、という
哲学的なものがベースにあって
その上でそのこととテクノロジーがどう関係していくか、
テクノロジーでどうやって人を幸せにしていけるか
そういうことをいつも考えている人だと感じています。

今回はセカンドライフの住民から寄せられた質問
できるだけたくさんフィリップが答えるという企画でしたが、
やっぱりその答えがね、今書いたような観点からされてて
そう来たか! うんうん! と頷けるものが多いのです。
前にオバーウルフと会話している時もそうでしたが、
このフィリップの発言に、僕は結構影響を受けているようです。
その方向で何かを考え始めたりするんですよね。

今回おもしろかったのは、今の SL に足りないものとして
ノンバーバルコミュニケーションを上げていて、
確かに、RL では言葉によらずに僕らは何かを伝えたり、
或いは反対に相手のことを理解したりしますよね。
例えば何かを感じていて、それが素振りに出たりとか。
今の SL では自分が感じていることを
アバターが RL の自分のような素振りで示すことができないし、
また、そういう素振りを見て相手を理解することもできない。
だからそういう精神的なものが仮想空間に入ってきたら
もっとおもしろくなるでしょうね。

RL と SL の間と言えば、
メッシュが SL に入って来て世界が豊かになりましたし、
誰でもメッシュの RL で細かい表現が好きでしょうが、
そのメッシュを作るのはオフライン、 SL の外で
Blender とかを RL で動かして作ったものを
SL に持ち込む形で行われてますよね。
フィリップはこれがインワールドできるようになるのが
理想なのだけれど、と言っていました。
ものづくりが全て SL の中で完結するようになるのが、ってね。

あと、経済に関して、そのうち米ドルのような通貨は
使われなくなって、リンデンドルのようなコミュニティ通貨が
あちこちで流通するようになるだろう、という話も面白かった。
私の職場は今は中野にあるのですが、
中野には「ナカペイ」なるものがあって――他の地域でも
同じようなものがあると思いますが――
ふとそのことを思い出してました。
つい先日、EU も仮想通貨に乗り出しましたし、
そもそも国が管理する法定通貨というのは全世界的に見ても
日本の明治維新の頃から始まったものに過ぎなくて
人間の経済の歴史を考えると実はそんなに歴史があるわけでなく、
ブロックチェーンが一般化してきたこれからの時代は
そういうことは多いにあり得ると思いますね。

それから、SL にはいろんなクリエイターがいるが、
これまでで一番印象に残ったのはどんな作品? と聞かれて、
いろいろあるけれど、特に印象に残ったのは、と示してくれたのが
何と Qubey Terra さんのパラシュートと
AM Radio さんの The Far Away でした!
Terra さんのパラシュートは僕も winds さんたちと楽しんだし、
AM Radio さんのあの場所はホントいろいろな
インスピレーションを僕に与えてくれる大好きな場所です。
僕も経験しているこの2つを挙げてくれたことが
ホントに嬉しかった!^^

まぁ、この他質問はいっぱいあって、
いろんな話をフィリップはしてくれたけれども、
そこについては、もう一度ビデオ見ながら整理して
お伝えするようにしますね。
もしかするとリンデンがスクリプトを用意してくれてるかも
しれないけれども。

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そして朝早くからそのフィリップのインタビューを観る前の晩、
6月22日(月)の夜にはケルパさんの展示会場に行って来ました。
6月20日(土)に SL23B の見どころを紹介しましたけれど、
この時点ではまだケルパさんの展示、
ちゃんとチェックできてなかったんです。
そしたらケルパさんから LM が送られて来たので
月曜日の夜にやっと訪れてみたというわけ。

ケルパさんの展示はいつもおもしろいのですが、
今年は写真にあるように、2D の作家さんとのコラボなんです。
テーマは "What Remains Between", 日本語にすると
「その間に残ったもの」ということでしょうか。
「その間」とは何と何の間なのでしょうか。
2D と 3D の間? それとも。。。
これまたいろいろと考えさせられるおもしろい展示ですので、
是非みなさんも訪れてみて下さい。
場所はここです。

・What Remains Between

そして、この他には明日のライブに向けて
運営スタッフの人やケルパさん、しんさんと
夜家に帰って来てから打ち合わせを重ねたのは
既に書いた通りです。

って、もうその「明日」が目の前ですね!
ヤバい~、まだやること一杯。。。
ということで今日はこの辺で失礼します。
しんさんの中継サイトもできたということなので、
その URL も追加しながら、ライブの告知をさせて頂きつつ!
明日はどうぞよろしくお願いします!

■Hiroshi Kumaki @ SL23B "Golden Movies, Golden Music"
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・日時:2026年6月27日(土)22:00~23:00(日本時間)
・会場:The Golden Palms
・演出・照明:Kerupa Flow
・YouTube 中継・撮影:Sin Nagy (Hole Shot Live)

※上記 SLURL は特設会場への直リンクとなっています。
 公式の SLURL からは離れた場所ですのでご注意下さい。

2026年6月25日木曜日

【SL23B】 土曜日のヒロシのライブ詳細が決まりました!

タイトル通り、土曜日のライブの詳細が決まりました!
もっと早くお伝えしたかったのですが、
こないだの日記に書いた通り、元々割り当てられたステージは
僕にはちょっとお上品すぎて、しかもランウェイなんかあるし、
ファッションショーとか、或いはダンスチームなら
あんな感じのステージが良いかもしれませんが、
僕が演奏をするのにはちょっと。。。と思って、
この間運営スタッフの方にいろいろ相談をしていたのです。
そして漸く先ほど、詳細が決まったというわけなのです。

会場は元々予定されていた The Golden Palms  の
建物の中ではなく、建物の裏手に「波止場」があるのですが、
その辺りに特設ステージを設けてライブを行うことにしました。
その「波止場」の風景は、この日記の下にあるポスターの通り、
何とも 1930 年代のアメリカを彷彿とさせる
どこかヤバイ雰囲気の場所なのですよ。
映画の「ゴッドファーザー」に出て来るような
クラシックなフォードが置いてあったりするのもステキです。

そんな場所にケルパさんがきっとおもしろいステージを
拵えてくれるはずなのです。
そして、しんさんがライブ中継してくれることになってます。
SL23B で行われている数々のイベントの中でも
おもしろいステージになるよう頑張りますので、
是非お友だちとお誘い合わせて遊びに来て下さい。
会場でお待ちしています!

■Hiroshi Kumaki @ SL23B "Golden Movies, Golden Music"
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・日時:2026年6月27日(土)22:00~23:00(日本時間)
・会場:The Golden Palms
・演出・照明:Kerupa Flow
・YouTube 中継・撮影:Sin Nagy (Hole Shot Live)

※上記 SLURL は特設会場への直リンクとなっています。
 公式の SLURL からは離れた場所ですのでご注意下さい。

2026年6月20日土曜日

【SL23B】 SL23B が開幕しました!

セカンドライフ23歳の誕生日イベント
SL23B が開幕しました! おめでとうございます!
会期自体は7月19日(日)までですが、
リンデンが登壇して直接みんなに話しかけてくれる
Meet the Lindens は来週6月22日(月)~26日(金)、
そして各種音楽イベントが繰り広げられるのも
6月28日(日)までとなっていますので、
今週末と来週末がいろいろと楽しめるチャンスですね。
Meet the Lindens のトップバッターは何とフィリップ!
22日の PDT 13:00 ということなので、
日本時間では23日(火)5:00 かな。
この日はこれを観てから出社することになりそう。w
(何とフィリップは18日のオープニングにも出演した模様。
 こちらはビデオで確認するかな。)

そして、そうそう、かく言う僕も27日(土)午後10時から
The Golden Palms というステージに出演しますのでね、
早速現地を偵察に行って来ました!

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Welcome Area

SL23B は何と73もの SIM に渡って繰り広げられるわけで
まずどこに行けばよいのかわかりませんよね。
そう、まずは SL23B の入場ゲートとも言える
Welcome Area に行ってみましょう。
ここには各会場へのテレポーターやらハントなどのガイドもあり
まずはここを訪れていろいろな情報をゲットするのが正解。
今年は「ハリウッドの黄金時代」というテーマを意識してか
レッドカーペットが敷かれた何とも豪華な感じになっています。

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The Salty Saddle Saloon

西部劇に出て来るような酒場=サルーン仕立ての建物は
Stage A と呼ばれている Adult エリアのステージです。
西部劇でサルーンと言えば、大抵は喧嘩の舞台ですが、
一帯どんなミュージシャンや DJ が登場するのでしょうか???

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The Golden Palms

西部劇のサルーンと打って変わってより都会的な建物のこちらは
Stage B と呼ばれている General エリアのステージです。
ここは僕が27日(土)に演奏する舞台になっています。

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中に入るとこんな感じで、やっぱりレッドカーペット。
右手と左手の両方にステージがあるのだけれど、
何だかお上品すぎて自分には合わないなぁ、と思っているところ。
どういう演出にするか、このあとケルパさんや運営スタッフと
相談しようと思っています。

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The Temple of Funky Monkey

そして Stage C は巨大なステージがあるところで、
The Temple of Funky Monkey という名前が付いているけれど
何ともワイルドな空間です。
上の SLURL のところに着地すると、
目の前に洞窟への入口があるのだけれど、その入口いっぱいに
蜘蛛の巣が張っているのね。
イヤだなぁ、と思いながら蜘蛛の巣を抜けると
ステージが見えて来る、そんなしかけです。
尚、この蜘蛛の巣、帰りの時には剥がれていたから、
やっぱり自分の身体中にくっついたのかなぁ。。。^^;

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The Orpheum Theater

伝統的には Auditorium = 講堂と呼ばれている
毎年リンデンが登壇するステージは、
今年は The Orpheum Theater という何とも立派な会堂。
建物の外はゴールドのイメージで中は勿論レッドカーペット。
講堂ってこれまでのイベントでは一番地味なイメージだったけど
今年は一番豪華かもと思ってます。
やー、ホントは今年もここでやりたかったなぁ。。。

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The Wisteria Grove

A, B, C の3つのステージと講堂の他に、今年はダンスに特化した 
The Wisteria Grove という場所があります。
"wisteria" というのは藤のことですが、
その藤に囲まれた広大な敷地で、
ここでもイベントが行われるみたい。
いつ何があるかは現地に行って確認かな。

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The Pod Tour Station

さて、音楽イベントは大体これまで紹介してきた
ステージで行われるのですが、それ以外に SL23B には
19 のSIM に渡って 232 もの展示会場があって
何れも必見なのですが、これだってどこから観たらいいでしょう?
そんな時に役に立つのがポッド・ツアーです。
上の SLURL にあるポッド・ステーションでポッドに乗れば
自動運転で会場をあちこち案内してくれます。
(今年はやっぱりレッドカーペットにリムジン風 w)
最後までずっと乗っててもいいけれど、
気になる展示があるところで途中下車するのも OK。
是非試してみて下さい。

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Tapestry of Time

かつては Time Machine と呼ばれていた Tapestry of Time、
今年は勿論、過去23年間遡ってその年どんなことがあったか
セカンドライフの歴史を振り返ることができます。
ここは折角の SLB イベントでは是非訪れてほしい場所です。
中には「あ~っ、これ懐かしい!」というものに
出逢えたりするかもですよ?^^

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Gift Area

イベントに行ったからには何かお土産を手にしたいもの。
Gift Area にはセカンドライフ住民の皆さんからの
フリーのギフトが集められています。
何か既視感のある場所だな、と思ったら、
ここは Tapestry of Time の中にある空間なのでした。

ざっと案内してきましたが、他にも必見の場所はいろいろあるはず。
是非皆さんご自身で訪れて、楽しいひとときをお過ごし下さい。
最後に僕のライブの予定をここに書いておきますね。
どうぞよろしくお願いします!

■Hiroshi Kumaki Live @ SL23B
・日時:2026年6月27日(土)22:00~23:00
・会場:The Golden Palms
・出演:Hiroshi Kumaki, Hiroko Sweetwater
・演出:Kerupa Flow
・撮影:Sin Nagy (Hole Shot Live)

2026年6月14日日曜日

【SL23B】 今週末6月19日(金)より SL23B 開幕~ヒロシのライブは6月27日(土)に決定!

セカンドライフ23歳の誕生日イベント SL23B が
日本時間では今週末の6月19日(金)より開幕します。

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まだ Destination Guide にも出ていませんし、
出演者である僕も会場には入れない状態ですので
詳しいレポートは開場してからになりそうです。
展示で参加するケルパさんは会場設営のために
会場に入る権限がありますので、偵察(w)してもらったところ、
どうも僕が演奏することになっている The Golden Palms は
レトロで小洒落た感じのホテルのロビーのようなところらしい。
あんまり広いステージでもなさそうなので、
どんな演出をするか現在ケルパさんと打ち合わせ中です。

そう、ここ数年はかつて Auditorium(講堂)と呼ばれていた
毎年リンデンが講演を行う場所をステージに選んで来ましたが、
今年はこのステージ、24時間対応ではなくて、
PDT で正午から午後10時まで、つまり日本時間では、
朝の8時から午後6時までと、完全に昼の時間帯限定なのです。
土日の昼にやることは可能ですが、日本の皆さんにお越し頂くのは
ちょっと厳しい。

イベント担当スタッフでいつも僕らをサポートしてくれている
Leondra Larsson さんは直接僕に連絡くれて、
いつも(PDTで)午前中の時間帯がいいのよね、
希望を言ってくれたらできる限りの調整はしてみる、
とのことだったので、じゃあ6月27日(土)の朝6時で、
と言ったら、講堂はその時間開けるわけにはいかないけど、
The Golden Palms というとこなら何とかなる、
とのことで、このステージも朝7時、
つまり日本時間の夜11時スタートだったのを
6月27日だけ朝6時(日本の夜10時)スタートにしてくれました。
レオさんありがとう!

というわけで、SL23B の僕のステージは
6月27日(土)日本時間 22:00 からとなります。
カレンダーに印をつけて是非お友だちとお誘い合わせて
遊びに来て下さい。
とは言え、まだ詳細な SLURL などはわかっていませんので、
わかり次第またこの日記でお伝えすることに致しますね。

実は、決まっていないのは SLURL だけではありませんで。。。
そもそも今回のテーマ「ハリウッドの黄金時代」って
音楽では表現のしようがないですね。
勿論、その頃の映画のテーマ曲なんかをやることはできますが、
それではあまりにも芸がなさすぎる。
加えて僕は基本的にはオリジナルしかやらないですからね。
今うっすらと考えているのは、映画のテーマ曲向けに書いた曲が
いくつかありますのでそれを軸にしながら、
何か「黄金時代」へのトリビュートのような曲を
新たに書いてみるかなぁ、といったところです。

まぁ、僕が出るのは来週末でまだ時間あるので、
演出含めてそれまでには何とか決まるかな。
とにもかくにも、お楽しみにして頂ければと思います。
開場したところでまた書きますね!

2026年6月13日土曜日

【RL】 パスポートとマイナンバーカードの更新をしました!

今朝役所に行って新しいマイナンバーカードを受け取って来ました!

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マイナンバーカードは 2016 年に交付が始まりましたが、
何を隠そう、僕は運転免許証を持っていないので、
ずっとパスポートを身分証明書として使っていて、
マイナンバーカードの運用が始まってすぐに申し込んだのでした。
なので、今年 2026 年がマイナンバーカード更新の年というわけ。

加えて、パスポートの期限も今年の5月でした。
そこで、4月の下旬にマイナポータルから
パスポートとマイナンバーカードの更新の申請をしたのでした。

マイナンバーを通して、行政のデジタル化が進んだのは
とても喜ばしいことだと考えています。
僕は相変わらず独り者なので、諸々の行政手続をするのに
役所に赴くとなると会社を休まないといけない。
まだ若い頃、所属していた部署の課長に休暇を申請すると
「え、また区役所?」と笑いながらツッコまれていたのを
昨日のように思い出します。

それが今では、仕事終わって家に帰ってから、
スマホ片手にピピピとタップするだけで申請できるようになり、
ホントありがたい限りです。
パスポートに関しては、かつては住民票を取りに行ったり、
いろいろ事前準備が必要でしたが、
今は写真だけ用意すれば、マイナンバーを通じて
住民票情報も自動的に取得してくれるので、
ものの10分で家でパスポートの申請ができるのはありがたいです。
パスポートセンターに行くのは受け取りの時だけで、
それもやはり10分とかからないので、パスポートの更新に関しては
とても楽になりましたね!
5月は連休があったりしますが、申請してから1か月経たずに
新しいパスポートを受け取ることができました!

片や、いろいろトリッキーだったのがマイナンバーカードの方です。
マイナンバーカードの更新については、有効期限の約3か月前に
更新の案内が郵送で送られてきます。
まず、この案内が来ないと手続が始められません。
んで、僕の場合はたまたまパスポート申請の直前に来たので、
パスポートの申請をしたのと同じ日に
マイナンバーカードの更新の申請もマイナポータルから行いました。

が、トリッキーと書いたのは、
新しいマイナンバーカードの受け取りは、カードができました!
という案内のハガキが来ないと先進めできないようになってます。
んで、そのハガキが届くのが申請してから1か月~1か月半。
申請して暫くしたら、マイナポータルの「やることリスト」に
「電子証明書の更新が終わってないので早くやりましょう」
みたいなメッセージが届いて、やらなきゃとは思うのですが、
どうもこのハガキが届くまでは何もできない。

そうこうしているうちに、確かに1と月ほど過ぎたところで
ハガキが届くのですが、新しいマイナンバーカードの受け取りには
何と、事前予約が必要なのです。
しかも、マイナンバーカードの受け取りと
電子証明書更新の予約は分かれていて、間違えないように!
と厳しく注意書きがしてある。
超不安になって調べてわかったのですが、
新しいマイナンバーカードに切り替えになる人は
そのタイミングで電子証明書の更新も行えるとのこと。
ということは、電子証明書更新の予約は、
交付から5年経った人向けで、
10年経ってカードの切り替えが必要な人は、
マイナンバーカードの受け取りを予約すればよいようです。

んで、予約をするわけですが、
可能であれば、会社を休まずに土曜日に受け取りたいですよね。
が、僕の住んでいる自治体は土曜開庁は第2、第4土曜日だけ。
働いている人はみんなそこを狙うでしょうから、
ハガキは5月の中頃に来ましたが、直近の土曜日は予約で一杯。
結局ハガキが来た凡そ1と月後の今日予約を入れて
漸く新しいマイナンバーカードを手にすることができたわけです。

何を言っているかというと、カード更新の案内は3か月前に来て、
有効期限まで十分余裕あるじゃん! と思うのですが、
交付の案内のハガキが来るまで1か月以上かかるのと、
それから予約可能な日までやっぱり1か月かかることを考えると、
案外余裕はないので、更新の案内が来たらすぐに動いた方がいい、
ということです。

特に今年 2026 年は、最初に申請した人の波があるので
特に更新対象の人が多いのでしょうが、そうであるなら、
土曜日とか日曜日の開庁をもっとお願いしたいところですね。
役所こそ平日に休業して土日に手続を受け付けてほしいと
前から思っているのですが。。。
一般市民は会社を休んでまで手続しないといけないのは厳しいです。
まぁ、休暇の口実には使えますけどね!www

折角広く普及し始めたマイナンバーカード、
行政のデジタル化がもっともっと進むといいなと思うヒロシでした!

2026年5月31日日曜日

【RL】 ゴダイゴ50周年記念の渋谷コンサートに行って来ました!

昨日5月30日(土)、渋谷の Line Cube Shibuya で行われた
ゴダイゴの50周年記念のコンサート
「GODIEGO 50th Anniversary Tour 感謝の旅」に行って来ました。

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このツアー、5月10日(日)に神奈川県秦野市の
クアーズテック秦野カルチャーホールを皮切りに始まっていて、
秦野は 2023 年に行ったことがあるので、最初はそちらに。。。
と思っていたところ、渋谷で開催の情報に接して、
これは渋谷の方に行かねば! と急遽チケットを手配した次第。
何と言っても渋谷は自分の拠点になっているような場所ですから
そこに来てくれるのに行かないわけがない、というわけです。
しかも、僕は10年前に40周年のコンサートに参加してますから、
50周年も行かないわけにはいかない、と。
ツアーはこのあと12月24日(木)の NHK 大阪ホールまで
全国の全て14の会場で行われる予定となっています。

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というわけで、開場 30 分前の午後2時半頃に
Line Cube Shibuya ――と言うよりは、
僕なんかには「渋谷公会堂」と言った方がしっくりと来る
会場に到着します。
上の写真でも小さく見えるかもしれませんが、
いろんな方からのお祝いのお花がたくさん届いていて
僕も含めてみんな写真を撮っていましたね。
僕が注目したのは堺正章さん、奈良橋陽子さん、
そしてミッキーに楽器を提供している KORG からのもの、
堺さんは何と会場に来て下さっていましたね!
この話はまたあとで。。。

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で、開場を待つことになるわけですが、
今回、何と物販は会場の中でなく、外に設けられていて、
それでは、と入場待ちとは別に設けられた物販の列に並びます。
何か記念になるものを、と探して、今回のツアーのパンフレットを
無事ゲットします。

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パンフレットはご覧の通り特別感のあるゴールドの表紙です!
50周年は英語で "golden jubilee" と言うからゴールドなのか、
協賛がゴールドの販売や買い取りを行っている SGC さんだからか、
とにかくこのゴールドの表紙はとっても納得感があります。
それと、一緒に写真に写っているのは入場の時に配られた
チラシのうちの1枚ですが、何と、今回のコンサート、
CD として発売されることが決定しているのだとか!
こちらも楽しみですね!

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そうこうしているうちに開場時間となり、会場に入ります。
会場に入ると真っ先に、ステージ向かって右手にある
ミッキーのブースを見に行きます。
客席に向かって正面は KORG の Granstage X がピアノ用で、
その上にワークステーションの NAUTILUS が載っています。
その2台と 90 度右手の角度でバンドの方を向くように
ミッキーとは切っても切り離せないハモンド B-3 が鎮座まします。
そして、そのハモンドから更に 90 度右手、
つまり Granstage X と NAUTILUS の背面に
その B-3 用のレスリースピーカーが置いてあるという布陣です。

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ミッキーのブースのチェックが終わったら、
今度はステージ向かって左側、サポートの竹越さんのブースへ。
こちらはハモンド以外はミッキーと同じ
KORG Grandstage X と NAUTILUS の2台セットです。
Grandstage X のちょうどロゴ辺りに掛けられている
ゴダイゴのメンバーをあしらったタオルがカワイイです。w
あと、後ろに見えているギターは浅野氏の12弦ギターらしい。
ということはこのあと「ガンダーラ」のところで
イントロを弾いていたのは竹越さんだったのだろうか?
僕の席からは吉澤さんも竹越さんも
手元があまりよく見えなかったので、これは今でも謎です。

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そんなこんなで機材チェックをしたあとは
大人しく自分の席に座ってひたすら開演を待ちます。
席は1階席の真ん中よりやや右寄り、悪くないです。
が、予定の午後4時になっても始まらない。
スタッフが機材のチェックなんかしているし、
会場には BGM でチャーリー・パーカーの曲なんか流れてるし。
今日の1曲目は何だろう? とか想像しながら
メンバーのみんながステージに出て来るのを待ちます。
そして!
大体20分遅れで漸くメンバーが登場、
トミーのドラムソロで始まります。
そのソロが始まった瞬間わかりましたよ、はい、そうです。
1曲目は "Return to Africa" でした!
そして、 "Return to Africa" と言えばブラスです。
ホーンズの3人も入っての編成は、ゴダイゴの単独ライブとしては
とても理想的な演奏形態だと僕は考えているので、
もう、1曲目から満たされてしまいました。w

続いての2曲目はやはりホーンズから入ったので、
一瞬アレ? と思ったのですが、これが何と、
映画『House』のテーマ曲として使われた
"Cherries Were Made for Eating" でした。
これまた聴いてるだけでハッピーになる曲ですね。
そして、3曲目は 2006 年に正式に再結成された時のシングルから
「すばらしい愛」が演奏されました。

で、タケが会場のみんなに、ゴダイゴは今日が初めてという人!
と聞いたところ、1階前の方の席で結構手が上がって驚きました。
それも結構若い感じの人たちで、
ゴダイゴの50周年に来る人たちなんて、
自分と同世代くらいのお爺ちゃんお婆ちゃんだろうと
高をくくっていたところが驚きですね。
若い人たちにとっては結構新鮮なのかもしれないとも
「銀河鉄道999」などはいろんな人にカバーされたりしてるので
寧ろ一種の古典として定着しているのかしれないとも
考えてしまうヒロシなのでした。

さてその50周年ということで、MC はゴダイゴ結成のなれそめを
ミッキーやスティーブに語ってもらうところから始まり、
トミーが参加して。。。というところで、当時のアルバム
Dead End からの2曲、 "Under Underground" と
"Dead End - Love Flowers Prophecy" が演奏されました。
"Dead End" の方は定番ですが、
"Under Underground" は珍しいですね。
これはスティーブのリードボーカルが聴ける曲なので、
とっても嬉しかったですね。
まさかこの曲が来るとは、本当に思っていなかった。

続いては比較的最近の曲ということで、
2018年頃かな、おおはらマタニティクリニックのために作られた
"You Are Here" と 2015 年、みんなのうたで放送された
「君はミラクル」が来ましたね。
若い人たちは寧ろこちらの方が馴染みがあるのかも?
僕は "You Are Here" は 2023 年の秦野の時に初めて聞いて
知った次第なのですが。
どちらもこの世に生まれて来る一人一人の生命、人生の
大切さ、かけがえのなさを歌った愛に溢れた曲ですね。

ここでトミーがボーカルをとって歌います。
トミーは皆さんもご存じのように、ゴダイゴと並行して
大野雄二さんの「ルパン3世」の仕事もしていて
"Super Hero" や "Lovin' You (Lucky)" などは
皆さんも聞いたことがあると思いますが、
その大野雄二さんがつい先日、5月4日に亡くなられたとのことで
大野さんの追悼も兼ねて、大野さん作曲の
「人間の証明のテーマ」を歌ってくれました。
"Mama, do you remember" というジョー山中さんが歌った
あの曲ですね。
これがメチャメチャよかった。
とても感動して、涙が出て来ました。

さて、ゴダイゴの歴史を辿る旅も
新しい方からだんだん時代を遡って、
1999年に一時的に再結成された時に作られたアルバム
What a Beautiful Name から
"We've Got to Give the Earth the Chance" と
"Nice to See you Once More" が歌われました。
続いては 1985 年に活動休止の時に作られた
"The Great Sea Flows" へと続きます。
この曲はね、何と言うか、ゴダイゴのバラードの集大成のような
とっても深い感動を覚える大好きな曲です。
ここで個人的なネタバレをすると、
僕が東日本大震災の時に被災地の人たちの心の支えになればと
作った曲 "The Sunrise" は、この "The Great Sea Flows" を
下敷きにしていて、あんな曲が作れたらいいなと思って
書いた曲なのです。

そしてその "The Great Sea Flows" の感動に浸る間もなく、
いきなり「ビューティフルネーム」が来ます!
そして例によって例のごとく、会場を半分に割っての
お決まりの歌合戦となります。
今回はステージに向かって右側の青組と左側の紅組に分かれて
どちらも「ウーワーウーワーララララー」で競います。
結果は左画の紅組の勝ち、僕は右側の青組だったので負けました。

そしてそして、そう、「ビューティフルネーム」が来たということは
いよいよ『西遊記』の時代なわけで、
曲は「Holy & Bright」と「ガンダーラ」が演奏されましたが、
何と、会場2階席の中央に堺正章さんが聴きにいらしてて
会場のみんなに挨拶してくれました。
僕は1階のほぼ中央だったので、
真上に堺さんの姿をチラ見することはできましたが、
さすがに写真を撮るのは無理でした。
結構な方が写真を撮っておられましたが。
写真と言えば、「Holy & Bright」は撮影 OK だったので、
ここに何枚か上げておきます。
会場の人たちみんなスマホを構えているのが写ってますよね。w

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続いては「銀河鉄道999」、もうみんな総立ちです。
やっぱりこの曲は盛り上がりますね~。
最後はトミーのドラムソロで、
これは1曲目のはじまりに対応するもので、
締めくくりのドラムソロだったのですね。
これでゴダイゴのメンバーは一旦下がるのですが、
はい、まだ何か大事な曲をやってませんよね。
そうです。
メンバー戻って来てからの1曲目は "Monkey Magic" で、
これもみんな総立ちで曲を盛り上げます。
勿論お約束の「蜘蛛の糸」も健在でした。w

そしてそして、最後の曲は "Pomp and Circumstance" でした。
これは嬉しかった!
1982 年頃にファン投票でベスト20を選んだ時に、
これはダントツ1位になったという曲で、
長い事音源化されませんでしたのでライブに行くファンの人しか
知らないような曲にも拘わらず、そのファンの絶対的な支持を
得ているという曲なわけです。
しかも僕は幸運なことに、何度かこの曲を直接聴く機会があって、
1回目は 1981 年12月18日福岡県の飯塚市文化センター、
2回目は翌 1982 年3月26日の福岡市民会館、
3回目は 2016 年4月22日の東京文化会館の40周年記念の時で、
1回目と2回目はホーンズのいない時のアレンジで、
これはこれで引き締まったアレンジでよかったのと、
40周年記念の時は、オケもいて、ホーンズのイントロは
いつもとは異なるアレンジになっていました。
なので、Suite: Peace に収められた 1979 年頃の
ゴダイゴ+ホーンズによる演奏スタイルは今回が初めて、
そして僕のその期待を裏切らないアレンジでの演奏でした。
(残念ながら、と言ってはいけないのかもしれませんが、
 シンセ・ソロは今回も40周年記念の時と同様、
 ミッキーではなく竹越さんがとっていました。
 あのシンセ・ソロは、僕がシンセ・ソロをやる時の
 お手本になったものであるだけに、
 本当はミッキーにやってほしいところなのです。
 尤も、さすが竹越さん、完コピなのですけれどね。。。)
尚、上に書いた 1982 年の福岡市民会館の時の演奏、
これは当時 FM 福岡で放送されて、それを mayumayutea2 さんが
YouTube にアップしてくれていますので、是非聴いてみて下さい。
ホーンセクションをミッキーがシンセで弾いているのと
先ほど言ったソロのところはシンセでなくオルガンで弾いてて、
これもまた素晴らしくカッコイイアレンジだからです。


いやあもう、「銀河鉄道999」から "Pomp and Circumstane" の 
流れがあまりにすごくて、とっても満足、
幸せな気持ちで満たされながら夕方の渋谷の人混みに溶け込んだ
ヒロシなのでありました。

最後に改めて、ゴダイゴのみなさん、
楽しいひとときをありがとうございました!
そして、50周年おめでとうございます。
これからも更なるご活躍を楽しみにしております。

<セットリスト>
1. Return to Africa(リターン・トゥ・アフリカ)
2. Cherries Were Made for Eating
3. すばらしい愛
4. Under Underground
5. Dead End - Love Flowers Prophecy
6. You Are Here
7. 君はミラクル
8. "Theme from Proof of the Man"
9. We’ve Got to Give the Earth the Chance(地球を我が手に)
10. Nice to See You Once More(ひさしぶりマイ・フレンド)
11. The Great Sea Flows
12. Every Child Has a Beautiful Name(ビューティフル・ネーム)
13. Holy & Bright
14. ガンダーラ
15. 銀河鉄道 999
16. トミーのドラムソロ
17. Monkey Magic
18. Pomp and Circumstance

2026年4月27日月曜日

【イベント】 セカンドライフ23歳の誕生日 SL23B は6月18日開幕!~参加申込締切は5月18日(月)

もうすっかり SL をお休みしているヒロシですが
――まだ冬眠しているという噂も?^^;――、
年に一度のこのイベントには勿論参加しますよ!
はい、そうです。セカンドライフ23歳のお誕生日イベント、
SL23B が来る6月18日(木)~7月19日(日)の
何と1か月間にわたって開催されます!
ナチュさんに誘われて 2009 年の SL6B に初めて出演、
以来毎年のように参加していますからね、
今年もこれだけは、という感じでステージに上がるつもりです。

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今年のテーマは The Golden Age of Hollywood、
日本語にすると「ハリウッドの黄金時代」なんだけど、
「黄金時代」っていつ~? と思って調べてみたら
――僕的には SF 映画がたくさん作られた 50~70年代ですが――、
何と、1930~1940年代なんですって。
確かに、この時期にいわゆる「名画」というものが
たくさん生まれていますよね。。。

1932年 グランドホテル
1933年 キング・コング
1934年 或る夜の出来事
1937年 白雪姫
1939年 オズの魔法使い、風と共に去りぬ
1940年 ファンタジア、チャップリンの独裁者
1941年 カサブランカ、市民ケーン

などなど。。。
(白黒が多い中で、カラーの『白雪姫』、『オズの魔法使い』、
『風と共に去りぬ』、『ファンタジア』が素晴らしいですね。)

しかしまぁ、何とピンポイントなテーマなんでしょうね。
これまでの SLB のテーマはどうにでも調理できるような
幅の広い解釈ができるものだったのですが、
この時代にどう引っかけてライブをやるか、
今から思案のしどころですので、
当日どんなステージになるかお楽しみにしていて下さい。

そして!

僕のようにライブや、或いは DJ で参加してみたい方、
また、展示会場を構えて自分の作品世界をお披露目したい方、
更に、ボランティアとしてこのイベントを支えたい方、
現在申込を受け付けていますので、おもしろそうと思ったら
まずは申し込んでみて下さい。
締切は開幕1と月前の5月18日(月)です。
詳しくはリンデンの公式ブログを見てみて下さい。


是非是非、SL 23歳のお誕生日をみんなで一緒に祝いましょう!

2026年3月22日日曜日

【レビュー記事】 師弟対決・その2~小澤征爾さんとミュンシュのラヴェル『ボレロ』

2024年の2月に小澤征爾さんが亡くなったあと、10回にわたって
小澤さんの代表的な録音についてレビュー記事を書いた。
その中で、小澤さんのベルリオーズ『幻想交響曲』を買った時、
ラヴェルの『ボレロ』がカップリングで入っていたことを書いた。
その時『幻想交響曲』については、ミュンシュが 1962 年に
ボストン響と録音した LP を買ったのが最初で、
この LP には同じ年に録音した『ボレロ』が入っていたけれど、
今あるミュンシュ 1962 年の『幻想交響曲』の CD には
この曲はカップリングされていないので、いつか聴いてみたい、
そして小澤さんの演奏と比べてみたい、と書いた。

実際、ミュンシュのラヴェルの録音というと、
1955 年のボストン響と 1967 年のパリ管と録れたものが
多く出回っていて、ネット上のレビュー記事も圧倒的に
この2枚のものが多いのだ。
この2枚はそれぞれに評判がよいから、
1962 年に『幻想交響曲』と一緒に録れた時のものは
埋もれてしまっているのかもしれないけれど、
LP を買った当時、『幻想』も『ボレロ』も、
荒々しい迫力があった印象があって、是非とも聴いてみたいと、
2024 年だったと思うが、毎週のように中古レコード屋を回って
そして漸く見つけたのだ。
Ravel: Orchestra Works というタイトルで、
他に『スペイン狂詩曲』、『亡き王女のためのパヴァーヌ』、
『ラ・ヴァルス』、そして『マ・メール・ロワ』を収めた CD だ。

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そこで、早速小澤さんのと聴き比べてみた。
小澤さんのは、ある意味あっさりしていると言っていいほど
オケの響きも整然としていて安定感のある演奏。
これに比べるとミュンシュのは、何だろう、
出だしのピアニッシモのリズム隊の音からして生々しいのだ。
この曲は A のメロディと B のメロディがそれぞれ
2回ずつ繰り返されるわけだけれども、
最初の A の2回をフルートとクラリネットが奏したあと
リズム隊にハープが加わって来るのだが、
小澤さんの演奏ではハープは控えめに左端で鳴っているのが、
ミュンシュの方は中央前面に出て来て
ボン! ボン! と鳴っていて、こうした音作りが
全体に生々しい感じを与えているように思われる。

あと、小澤さんのテンポは比較的安定していて、
全体の4回目のくりかえし辺りから若干速くなるのだけれど、
ミュンシュの方はというと、小澤さんよりも
ややゆっくりのテンポで始めつつ、
2回目の繰り返しの後半あたりから徐々にアッチェレランド、
次第にテンポが速くなっている。
そして4回目繰り返しの後半、B の辺りからは
あからさまにスピードアップする。
若い頃初めてこの演奏に触れた僕が「荒々しい迫力」と感じたのは
こうした音作りが関係しているのかもしれない。

今回この稿を書くに当たって、小澤さんとミュンシュ、
そしてこの曲については定評のある
クリュイタンス指揮/パリ音楽院管弦楽団の演奏を比べて、
どのようにテンポが変化しているかを調べてみたのが次の表。
演奏時間は A, B それぞれ16小節+間奏の2小節の
18小節を基本に、その開始タイミングの時間を読みとって計った。
これは A, B それぞれが始まる音が出た瞬間に
表示されている時間を読みとったので、
例えば、同じ 00:50 であっても、
開始したのは 00:50 に変わったばかりの時もあれば、
開始直後に 00:51 に切り替わったりするものもあるので、
最大1秒近いブレはある点ご承知頂きたい。
どの指揮者も速くなったり遅くなったりしているのは
この誤差によるものと考えて、全体の傾向に注目して頂ければ。

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こうして見ると僕が感じていたことは案外当たっている。
小澤さんは BPM ベースで大体 68 くらいのところで演奏して
4回目の繰り返しあたりでテンポを 69~70 くらいに上げて、
最後の5回目の B のところで一気に 72 まで上げて
エンディングに突入するのだ。

対してミュンシュの方は、1回目は 65 くらいだけれども
2回目あたりからじわじわと上げてきて、
5回目の最初の A のところで一気にテンポを上げて
最後のエンディングに突入。
おもしろいのは、エンディングの演奏時間に関しては
小澤さんとミュンシュのものが全く同じところ。

エンディングに向かってテンポを上げるという演出は
きっとミュンシュのもので、
小澤さんも師匠のそれを下敷きにしているのではないだろうか。
というのは、ラヴェルが楽譜に書き込んだ BPM は冒頭の 72 のみ。
どこにもアッチェレランドの指示はないのだ。
実際、クリュイタンスの演奏では、コンスタントに 66 で、
確かに5回目の繰り返しで速くなっているけれど、
エンディングの部分は寧ろ遅くなっている。
本来は音色と音量だけが変わっていくというのが
この曲の演奏の仕方なのだろう。

それを明らかにするのが参考で付けた
マゼール/フランス国立管の 1981 年録音の演奏時間である。
実は僕は、1990年にマゼールがこのオケを引き連れて
池袋の東京芸術劇場でドビュッシーとラヴェルを振った時に
その場にいたのだけれど、ボレロを振るマゼールは、
終盤に入って来ると、もっと大きな音で、もっと大きく、と
何とジャンプしながら指揮棒を振るうのだ。
オケもそれに応えて、ホールが割れんばかりの大音響、
あの時の『ボレロ』の感動は忘れることができない。
マゼールってこんなすごい人だったんだ、と思ったものだ。

その時の演奏とどれくらい似ているかはわからないけれど
同じ組み合わせで僕が目の当たりにした10年くらい前に
CBS に録音したものがあるので、これを調べてみたら、
正にラヴェルが指定した通り BPM = 72 で始めているのだ。
やや速いと感じられることと思う。
けれどもそのあとは一貫して最後まで 74~75 くらいで
アッチェレランドせずにエンディングは寧ろスピードを落としてる。
そうでありながら、終盤の音量の盛り上げ方がすごいので、
これまた迫力満点の演奏になっている。

久しぶりにミュンシュの『ボレロ』を聴き直してみて
子供の頃に「荒々しい迫力」と感じていたものが
勘違いではないと改めてわかったのだけれど、
一聴整然としているように響く小澤さんも
最後にアッチェレランドするのは師匠の影響か
或いはボストンの伝統かと、その流れを感じることができて
ちょっと面白かったというのが、今回の師弟対決の顛末である。
小澤さんは情熱的な指揮振りで有名だったけれど、
その源はミュンシュ先生にあるのかもしれない。

2026年3月21日土曜日

イランの暦と日本の風習

昨日に続いてイランの暦の話をします。
というのは、イランの風習が日本の風習に似ているところがあり、
私たちが普通に日本の文化だと思っているものが
実は古代ペルシャの起源だったりする、
それほど両国は古い時代から交流していた
ということに思いを寄せてほしいからです。
どうも日本の政治家はアメリカべったりな感じがしますが、
アメリカとの交流がたかだか 170 年程度なのに対し、
イランとの交流は 1,300 年くらいあるわけですから。。。

その前に、昨日イランのお正月とイスラームのラマダーン明けが
重なったという話を書きましたが、
イランの最高指導者モジュタバ師とペズシュキアン大統領の
年頭に当たってのメッセージを確認することができました。
お二人ともこのお正月とラマダーン明けが重なったことに
触れられていました。
日本人の僕が注目するくらいですから、
正にその文化・宗教の中に暮らしている人たちには
神聖な奇跡と感ぜられたことでしょう。

ところで、昨日の僕の記事を読まれた方で気づかれた方も
いらっしゃるのではないかと思うのですが、
イスラーム暦もイラン暦も、ともにヒジュラと呼ばれる
ムハンマドと彼に従うムスリムが、マッカからメディナに移住した
西暦622年を起点として年を数えているのですが、
今はイラン暦では 1405 年、イスラーム暦では 1447 年です。

これは、イランの暦は太陽暦で、地球の公転に合わせてあるので
グレゴリオ暦同様に閏年が存在し、西暦から 622 引いた年と
一致することがわかると思います。
(本日1年進みましたけど。。。)

これに対し、イスラームの暦は、月の満ち欠けに合わせた
純粋な太陰暦で、閏年や閏月を設けないので
――これは『クルァーン』で禁じられているそう――、
毎年11日ずつズレていき、結果西暦622年から数えると
今は 1447 年目になっている、ということなのです。

ここで話を戻すと、イランで春分の日を元日とするのは、
その昔、世界のはじめ、春分の日の正午に、
善の神アフラ・マズダーと悪魔であるアンラ・マンユが
同時にこの世界に入ってきたことによるとされています。
春分の日は、夜と昼の長さが同じ、プラスもマイナスもないゼロ、
善と悪と全てが拮抗・バランスする時です。
日本人が大晦日で全てを清算して、元日から新しい身となって
新しい年をゼロからスタートするのとどこか似ています。

イランのニュースを見ると、このような戦時下でも
伝統的な「ハフト・スィーン」を供えてお正月を迎える
一般市民のことが書かれていました。
ハフト・スィーンとはペルシャ語で「7つのS」の意味ですが、
Sで始まる7つのものをテーブルの上にお供えして
お正月を迎える習慣なのです。
その7つのSとは、

1. リンゴ(sib スィーブ)――欲望と再生の象徴
2. ニンニク(sir スィール)――清潔の象徴
3. ハゼノキ(somaq ソマーグ)――愛の象徴
4. 酢(serke セルケ)――清潔の象徴
5. ナナカマド(senjed センジェド)――人生の妙味を表す
6. コイン(sakeh セッケ)――鉱物界を司る
7. 麦芽プディング(samanu サマヌー)――植物と再生産の象徴

この他に次のものも併せて飾られます。

・金魚――水の神アナーヒターの象徴
・鏡・蠟燭――統一や明るさの象徴
・卵――創造の象徴
・パン――豊かさの象徴

何だか、本来は立春の時に頂いていた七草粥を連想させますね。
金魚というのがおもしろいですが、金魚のないお正月なんて!
と、お正月の正午まであと2時間というタイミングで
女の子が金魚を買いに出かけて様々な障害に遭う冒険譚、
ジャファール・パナヒ監督の『白い風船』という映画は
このイランのお正月を知るのにお勧めの1本です。

ところで、このイランの新年1月は
ファルヴァルディーンというのですが、それは、
「フラワシの月」という意味なのです。
フラワシというのはそれぞれの家の守護霊、
即ち元は先祖の霊なのですが、その先祖の霊が家に帰って来るのが
このお正月だ、というわけです。

先祖の霊が帰って来るというと日本のお盆を思い出しませんか?
日本のお盆は仏教の「盂蘭盆会」から来ていると言われてますが、
その元になっている『盂蘭盆経』を読むと、
どうも先祖を祀ることとはあまり関係がなさそうで、
一方、イランの人々の心の中に今も生きている
ゾロアスター教では、フラワシと同一視されてる「魂」のことを 
urvan と呼んでいるのです。
この語はアヴェスター語では「ルーワン」と発音しますが、
ソグド語では「ウルヴァン」と発音し、「ウラボン」に似てます。
僕はどうもこのペルシャの習慣と言葉とが
仏教の言葉や習慣と入り交じったか混乱して
今の日本に受け継がれているのではないか、と想像しています。
先祖の霊を迎え、送るのに火を焚くのも
フラワシの行事とお盆とよく似ています。

火と言えば、東大寺で3月に行われる修二会、
「お水取り」として有名ですが、水だけでなく
「達陀(だったん)の行法」では、
燃えさかる大きな松明を持った「火天」が、
洒水器を持った「水天」とともに須弥壇の周りを回り、
跳ねながら松明を何度も礼堂に突き出す所作をするわけで、
この水と火を扱うところはいかにもゾロアスター教っぽい。

日本の文化は仏教を中心に発達してきたように思われがちですが、
実は古代ペルシャから伝わったゾロアスター教の習慣も
多分に習合して、入り交じっているのではないかと考えてます。
その意味でも、イランという国のことを
単にどこか中東の遠い国のこととして捉えるのではなく、
もっと身近な、遠い親戚のような感じで捉えてみると
ものの見方も変わってくるように思うのです。

2026年3月20日金曜日

暦の変わり目に改めて平和を願う

今日3月20日は日本では春分の日の祝日なので、
月曜日までお返事できないよ、と海外拠点の同僚たちに
連絡をしようとして気づいたのだけれど、
今年の春分の日はいろんな暦の祝日が重なっているのです。

まず、イスラームのラマダーン明け。
イスラームの暦では3月19日が1447年の10番目の月
ラマダーンの最後の日でした。
なので、今日3月20日はラマダーン明けの
11月シャウワール月の1日でイード・アル・フィトルという
お祝いの日なのです。
なので、僕が連絡をしようとした、
アジアのイスラームに関係のある国の支店の人たちも
実はみんなお休みなのでした。

そして、春分の日と言えば、イランにもまた独特の暦があって
イランでは春分の日が新しい年の元日となるのです。
即ち、今日3月20日はイランの暦で1404年の12月
エスファンド月最後の日で、日本で言えば大晦日に当たる日、
明日3月21日が新年1405年の1月ファルヴァルディーン月1日、
いわゆる元日なわけです。

つまり、普通であれば今日明日は家族みんな揃って
新年のお祝いをする楽しい時期であるはずなのです。
が、周知の通り、イランは今アメリカとイスラエルを相手にして
戦争をしなければならない状況に追い込まれています。

確かに、一人の日本人として、
イランには核兵器の開発はしてほしくないけれど、
交渉が進まないからと言って、一方的に攻撃をしかけ
国の中枢にある人たちを暗殺して回るのは
どのように考えても許されるべきことではなかろう。

僕自身、イランには何度か訪れているので、
あの時会った人たちは今も無事だろうかと気になってしまう。
どこの国でもそうだが、一般の人たちは皆いい人たちで、
特に男性は女性と子供を大切にするやさしい国民性を持っている。
そんな人たちを、よりによって人が断食を行うラマダーン月に
そしてイランの正月にかけてのこの時期に攻撃するとは
本当に人間の仕業か、と思えるほどである。

そう言えば、僕が「Call for Peace」という歌を作ったのは、
2008年12月27日にイスラエルがガザに対して
空爆を行った時のことだった。
おめでたいクリスマスのこの時期をどうしてわざわざ選ぶのか。
腹の底から怒りが込み上げて来て一気に書いたのがこの曲だった。

国際関係論を専攻していた自分には
アメリカのモンロー主義はよく理解できる。
合衆国は西半球のことに専念するので、英国とヨーロッパは
南北アメリカのことには干渉するな、というのがモンロー主義で、
そのモンロー主義を踏まえてドンロー主義なるものを掲げるのなら
アメリカには中東に介入すべきではないはずなのだ。

これはもしかすると、トランプ大統領本人の意向とは
全く関係ないところで動いているのかもしれない。
というのも中東の問題に介入するのはもうアメリカの伝統に
なってしまっているからなのだ。
或いはトランプ大統領は国内のユダヤ系の実力者や
イスラエルのモサドなどに首根っこを押さえられていて
彼らの言う通りに振る舞っているだけなのかもしれない。
元々そうかもしれないけれど、ここのところのトランプ大統領には
言っていることに一貫性がなくなってきているように感じられる。

いやいや、そのような陰謀論めいた下種の勘ぐりはどうでもいい。
無実の一般民衆が祝日を過ごすべきこの時に
一刻も早く攻撃を中止して戦争を終わらせ、
再び交渉の場に戻ってほしいと思うのだ。

今回の一連の攻撃の中で、僕がイランのことを知るのに
いつも参考にしていて IRIB(イラン・イスラーム共和国放送)の
施設も攻撃を受け、
イラン国内のニュースが確認できない状態になっている。
その他のニュースサイトにも殆どアクセスできない。
唯一、革命防衛隊系のタスニーム通信のサイトが生きていて
軍関係の通信社だからそこのところを考えながら
記事を読まないといけないけれど、
ブルームバーグなどの記事のニュースソースも殆どここだから、
今はそれ以外にイラン国内のことを知る術はなさそうだ。

何れにしても、イランの一般の人たちの無事と健康と幸せを
願わずにはいられないこの頃である。
繰り返す。一刻も早く戦争を止めてほしいと。 

【レビュー】 熊本マリさんの『ゴルトベルク変奏曲』~その2

音楽 CD というものは実際に聴く前に、お店で買ったあとすぐに
その楽しみは始まっている。
家に帰る電車に載ると早速パッケージを開けて
ライナーノーツなどをチェックするのである。
マリさんの『ゴルトベルク変奏曲』の場合は、
まず帯にこう書いてある。

「これはきわめて魅力的な、新鮮で華のあるバッハである
     ――磯山雅」

おー、磯山雅さんというのは有名なバッハ研究の大家である。
その大家をして「きわめて魅力的な、新鮮で華のあるバッハ」とは
一体どんな演奏なんだろう?
もうこの文章を読んだだけでワクワクしてしまうではないか。

そして、ライナーノーツの表紙を開いたところに
セカンドライフでマリさんが僕らに聞かせてくれた
グールドの言葉が書いてある。

「おなた以外、自分自身の才能と可能性を
 判断できるものはいない。自分自身を信じなさい。」

この言葉はマリさんが 1980 年、16歳の時に
カナダの友人のところに遊びに行った折に、
そうだ、カナダにはグレン・グールドがいる、
というので自分の滞在中にレッスンをしてほしいと
グールドに手紙を書いたのだそうだ。
ところが返事がないので、直接会いに行ったところ、
運良く会えたものの、グールドからは「今は話せないから
電話番号を教えて下さい、電話するから」と言われたとか。

実際、その日の夜にグールドの秘書の方から電話があって
上に書いたグールドからのメッセージを伝えられたのだそう。
結局レッスンはしてくれないわけで、当時はきっと
「なぁーんだ」とがっかりされたに違いない。
しかし、ライナーノーツには上の言葉に続けて
マリさんご本人の言葉が書かれている。

「今、考えると、私自身こうしてピアニストとしていられることも
 彼のこの言葉のおかげかもしれない。
 自然に感じたまま、二十八年間の自分とうもの全てを、
 音に表現できたと思う。」

うわー、もうこれは泣けるくらいワクワクしてくるではないか。
グールドは確か、自分はバッハ演奏の正統なるものを知らない、
といった内容のことを言ったはずだ。
バッハが書いたクラヴィーア曲の殆どには細かいテンポや
デュナーミクやアーティキュレーションの指定がない。
具体的にどのような音楽として曲を響かせるかは
演奏家次第であって、そう、演奏家によっては
全く別の曲ではないかと思えるほどのバリエーションがあるのだ。
実際、僕がバッハに取り憑かれたのも、一番最初に聴いた
『平均律クラヴィーア曲集』のいくつかの演奏に接して
全く驚いてしまったことがきっかけになっている。
殊にグールドが弾くものにはぶっ飛んでしまった。

グールドはバッハ演奏の無限の可能性を知っていて、
僕らは彼が遺したバッハの数々の名曲を楽しむことができるけれど
今僕らが CD で聴く以外のバリエーションもあったに違いない、
そう思わせるものがグールドにはある。
或いは、彼自身、どのように演奏するのが最もよいのか
常に探究を続けていたかもしれない。
そんな探究の成果の一つを僕らは彼の 1955 年と 1981 年の
2回に録音された『ゴルトベルク変奏曲』に垣間聴くのだ。

そんなグールドが、マリさんの演奏を聴いて
ここがいいとかあそこはこうした方がいいとか
批評するはずはそもそもないのだった。
「自分自身を信じなさい――自分もそうしてきたから」
ということなのだろうと想像する。

更にライナーノーツをめくるとトータルの演奏時間が出ている。
53分14秒――グールドの 1955 年録音より 15 分ほど長いけれど
全曲を2回繰り返しているわけでないことはわかる。
さぁ、どんな演奏なのだろう?

録音は 1993 年だからマリさん 28 歳。
グールドが『ゴルトベルク』でデビューしたのが 23 歳。
グールドが初の CBS のレコーディングでこの曲を選んだ時
プロデューサーからは猛反対されたようだ。
バッハ晩年のこの曲をそんなに若いピアニストが弾くのは。。。
ということではないだろうか。
そのグールドに遅れること5年、マリさんだってまだ20代、
やはり同様の反対があったのではないだろうか?
でも、グールドの言葉を受け取ってから 13 年、
きっとこの CD は満を持しての、グールドへの返事ではないか?
そんな風に思えてきてますますワクワク感が高まってくる。
さぁ、どんな演奏なのだろう?

そんな風に妄想しながら家に着くと早速聴く。
! 確かに、磯山さんの言う通り「新鮮で華のある演奏」
もうその言葉に尽きるように思われる。
何と言ってもピアノの響きが美しいのだ。
この音作りには、録音会場となっているリリア音楽ホールの残響が
多分に関係している。
ちょうど、リヒテルの『平均律クラヴィーア曲集』が
クレスハイム宮の残響によって独特な美しさを帯びているように。

最初のアリアのテンポは
グールドの 1995 年版より少し遅いくらいだが、
全体に明るい感じのする演奏。
そして私の注目する 11 小節目冒頭のアルペッジョは
やはりグールド同様上から入っていて素晴らしい。
ピアノのアルペッジョは普通下から上に向かって弾くもので
リヒターも下から上に向かって弾いているが、
グールド 1955 年の録音では上から下に向かって弾いているのだ。
ピアノで弾く時、この効果はとても新鮮な響きで素晴らしい。
マリさんもここでグールドのやり方を踏襲しているわけで、
それがやはり曲に華を添えているように感じられる。

(尚、グールドは 1981 年録音の方では、
 最後のアリア・ダ・カーポのアルペッジョは下から上に
 向かって弾いていて、冒頭の曲と弾き方を変えているのが
 自分には実に興味深い。)

さて、その冒頭のアリアをマリさんは丁寧に
A パートも B パートも2回ずつ、楽譜通りに演奏する。
恰も、これが原曲ですよ、この曲がどう変化していくか
楽しみにしててね、と聴く人にたっぷりと味合わせてくれている
そんな感じのするアリアなのだ。

そして2曲目からは変幻自在である。
全体にはグールドの 1955 年版同様 A パートも B パートも
繰り返しなしの1回ずつでどんどん次の変奏に移っていくのだが、

a) 第3、第4,第6、第24変奏は A, B ともに2回ずつ
b) 第9、第10、第18、第19、第21、第22、
  そして最後の第30変奏は A が2回、B が1回
c) 第16変奏は A が1回、B が2回

となっていて、繰り返す時のパターンとしては
A を2回弾いて B を1回弾く、というものが多い。
これはやはり全体として、A にはテーマの感じがあって
2回演奏することでそのテーマを十分楽しみつつ
B は展開しながら落ち着く感じがあるので、
敢えて繰り返さずに終わるのがよいように僕にも感じられる。
グールドも 1981 年の録音では第3、第4、第6、第9、第10、
第12、第15、第18、第21、第22、第24、第27、第30の
13の変奏でこの方式を取っている。
このグールドの繰り返しと重複があったりなかったりするのは
やはりマリさん独自の解釈に基づくということなのだろう。

その意味では、第16変奏だけが A を1回、B を2回という
反対のパターンになっていることだ。
これはグールドの演奏にもない。
実はこの第16変奏には "Overture", 即ち「序曲」と見出しがあって
フランス風の付点の付いた荘厳な始まり方をするのである。
フランス風の序曲と言えば、お馴染み「G 線上のアリア」を含む
通称『管弦楽組曲』を思い出して頂ければよいけれども、
バッハの序曲は大体荘厳または雄大にゆっくりと始まり、
テーマを演奏したあと、中間部はテンポが速くなって
細かく刻む音符たちがどんどん展開していって
最後にまたテーマに戻ってきて終わる、というのが典型である。
この第16変奏の A パートは正にその荘厳なテーマに当たり、
B パートは展開部に当たるので、この曲に限っては、
A パートを楽譜通りに2回繰り返すのはイマイチである。
僕個人としては、A - B - B - A' のような形で
B を2回演奏したあと A のテーマに戻ってきてほしいところだが、
前回書いたように A の最後は D のキーに転調してしまっているので
『管弦楽組曲』で得られるような満足感をもって終止できない。
G のキーで終わるには A の8小節目冒頭あたりで
和音を叩いて終わらないといけないけれど、
バッハはそのようには書いていない。
A を1回、B を2回というのはマリさんなりの帰結なのだろうと
僕は勝手に想像する。

こうして表題通り様々な変奏が展開されて最後の
アリア・ダ・カーポが来る。
冒頭のアリアで A も B も2回ずつ繰り返したマリさんだが、
この最後のアリアではどちらも繰り返さない。
その代わり、というわけでもないのだろうが、
テンポを極めて遅くとっている。
グールド 1981 年の、もう殆どメロディとして
成り立たなるくらい遅い、あの演奏ほど遅くはないけれど、
1955 年のグールドより、1970 年のリヒターより
ずっとゆっくりとしたテンポで弾かれるのである。
これは、このアリアを慈しみ、別れを惜しんでいるような
そんな情感に溢れたしっとりとした演奏である。
家を出て長い旅をして、再び家に帰ってきてふーっと一息ついて
覚える安堵感、それに似たものを、この演奏を聴き終わった時
僕らは覚え、とても幸せな気持ちになるのである。
そう、そんな幸せな感じに満ちているというのが
この演奏の素晴らしさだと思う。
磯山さんが「きわめて魅力的な、新鮮で華のあるバッハ」と
呼んだのはそういうことなのだろうと納得する。

こうして僕は、セカンドライフで初めてお会いした時から
聴いてみたいと思っていたマリさんのバッハを
聴くことができたわけで、次にはやはり、マリさんと言えば、
幼い頃からスペインにいらした方で、
マドリード音楽院で学ばれた方でもあり、
スペインの作曲家フェデリコ・モンポウの
ピアノ曲全曲録音を世界初で完成された方なので、
そのモンポウを聴いてみたいし、
一連のスペインものを聴いてみたい。
モンポウを聴いてみたいし、一連のスペインものを聴いてみたい。

ところで、スペインと言えば、「変奏曲」という形式は、
実はスペインで発達したものなのである。
スペインでは変奏曲のことを「ディフェレンシアス」と呼んでいて
中でも有名なのは 16 世紀のスペインの作曲家
アントニオ・デ・カベソンが書いた
「『騎士の歌』によるディフェレンシアス」という
5曲から成るオルガン用の変奏曲であろう。
このディフェレンシアスが東に伝わって
「変奏曲」という形式に発展していくのである。
してみれば、マリさんが最初に録音するバッハに
『ゴルトベルク』を選んだのは、単にグールド絡みではなく、
このスペインの伝統を受け継いでいるからかも?
と勝手な妄想を楽しむ僕なのであった。

2026年3月18日水曜日

【レビュー】 熊本マリさんの『ゴルトベルク変奏曲』~その1

少し前、バッハの曲の CD を聴きたくなって
CD ショップを訪れたのだけれど、
お目当ての CD は見つからなくて、「やっぱりないかぁ」と
諦めて帰ろうとしたその時、目に飛び込んで来たタイトル――
『J.S. バッハ:ゴルトベルク変奏曲/熊本マリ』
うぉぉぉ! 熊本マリさんの『ゴルトベルク』ではないか!

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熊本マリさんと出会ったのはリアルではなく、
2022年にセカンドライフ内で行われたイベント
「セカフェス5」の中でのことだった。
マリさんは――以下、マリさんと呼ばせて戴く。
馴れ馴れしいようで失礼な感じもするけれど、
熊本さんと呼ぶのもどうも違和感があって。。。
自分が熊木だからかもしれないが――
勿論生でピアノを弾いてくれたのだけれど、
僕個人としては、マリさんが話してくれた
グレン・グールドとの出会いと、「バッハを弾いてもらえば
その人がどんなピアニストかわかります」と仰っていたのが
とても印象的で、以来、マリさんのバッハを聴いてみたいと
常々思いながら機会を逃してしまっていたのだ。
昨年10月の夜会にお邪魔した時も CD をいろいろ売ってたけれど、
あれこれ迷ううちに結局買いそびれてしまっていた。

それが、バッハの CD を買いに来た自分の目の前に今、
マリさんが弾いた『ゴルトベルク』の CD が置いてあるのだ。
本当は別の CD を買いに来たはずだけど、お目当てのそれはなくて
マリさんの CD があるということは、
今日はこの CD を買うためにここに来たのだ、
これはもう買うしかないではないか、と殆ど衝動買い。
家に帰って早速聴いたらとても素晴らしい演奏で――。

と、ここで詳しい感想を書く前に、
バッハの『ゴルトベルク変奏曲』がどういう曲であるのかを
あまりクラシックを聴かないであろう友人たちのために
できるだけ簡単に書いておこうと思う。
いや、この曲については書きたいことがたくさんあり過ぎて
なかなか本題に入れそうにない気が既にしているのだけれど。。。

『ゴルトベルク変奏曲』というのは、J・S・バッハが
1741年に出版した『クラヴィーア練習曲集第4巻』で、
バッハ自身が付けた曲名は
『2段鍵盤付蔵ヴィチェンバロのためのアリアと種々の変奏』
という長たらしいもので、
これが『ゴルトベルク変奏曲』と通称されるのは、
バッハが音楽の手ほどきをしたという
ヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルクが、不眠症に悩む
ヘルマン・カール・フォン・カイザーリンク伯爵が眠れるように
この曲を演奏した、という逸話が伝わっているためだ。

曲の内容としては、冒頭にバッハが 1725年頃、
若き妻アンナ・マグダレーナのために書いた 32 小節の
明るくて愛らしいアリアを元にして、
そこから 30 の変奏が展開され、最後にまた
「アリア・ダ・カーポ」として、最初のアリアが戻って来る、
そんな構成になっている。

30 の変奏はその殆どが冒頭のアリアと同じ 32 小節で
――中にはより短い 16 小節のものもある――、
アリアと変奏曲を合わせた全体の曲数が 32 というのも
何となくバッハらしい数学的・神秘的宇宙観を感じさせる。
そして、これら 32 曲は何れも前半と後半に分かれていて、
つまり、 A - B という形をしていて、
いわゆる「二部形式」というものなのだが、
前半部分の最後の小節、後半部分の先頭と最後に
リピート記号があるので、A - A - B - B という形で
演奏することが期待されているものなのである。

が、ここでこのバッハの二部形式は実にトリッキーである、
ということを少し述べておきたい。
冒頭のアリアの A は――そして後に続く変奏曲の殆どが――
G のキー(ト長調)で始まるのだが、ここがバッハのすごいとこで
A が終わろうとする時、何とドミナント(属調)である
D のキー(ニ長調)に転調しているのだ。
元のキーのトニック(主調)に対してドミナントというのは
一番遠いところで響いている音なので緊張感が高まり、
トニックに戻りたいという気持ちにさせるものである。
実は、音楽のエンディングでジャジャーンと感動的に終わるのは
ドミナントで高められた緊張が、トニックに戻ることによって
とても大きなカタルシスが得られるからなのだ。

だから、本当はドミナントで終わってしまうと
ある種の不安感が残ってしまうのだが、
バッハのすごいところは G で始まった曲が
メロディが展開していくうちにどこかで D に転調していて
A の終わりは G のドミナントである D なのだけれども
D に転調しているので、D はドミナントでなく
トニックになってしまっていて、ある種の終わった感がある。
しかし、僕らの耳には G で始まった記憶があるものだから、
何か、どこか落ち着かない感じが残る。

そこでリピートである。
A の部分の冒頭は G なので、リピートすると
そうそう、この曲は G の曲だったよね、
と実に新鮮な感じの安心感が戻って来る。
しかし、A の部分はまた D に転調して不思議な感じで終わるのだ。
それが B の部分に入ると、あたかも D のキーの曲のふりをして
曲は再開するのだけれども、やはりメロディが展開していくなかで
いつしか G のキーに転調していて、
B の部分の最後はめでたく G のキーに帰って来て
そのエンディングに我々は非常な満足感を覚えるのである。
ところが、である。
ここで B の部分をリピートすると、再び不安な D に戻る。
そしてまたいろいろ展開して最後は G に戻ってまた満足する。

何故今ここで曲の形式とか転調の話をくどくどしているか、
それは、『ゴルトベルク』に収められた 32 曲全てに付いた
このリピート記号をどのように演奏するか、
律儀に全て A - A - B - B と繰り返して演奏するか
それともリピートをすっ飛ばして A - B と演奏するか、
或いは、A または B の部分の何れかだけを繰り返して、
A - A - B 或いは A - B - B のように演奏するかによって
曲全体の印象が全く変わってしまうからなのだ。

僕が『ゴルトベルク』を一番よく聴くのは
1955 年にグレン・グールドがピアノで録れたものと、
1970 年にカール・リヒターがチェンバロで録れたもので、
グールドは全曲1回ずつしか弾かずに約 38 分、
リヒターは最後のアリア・ダ・カーポ以外は全て2回ずつ弾いて
1時間19分となっている。
グールドのは当時「カイザーリンク伯はこの曲で眠ったが
グールドの演奏で我々は目を覚ます」と言われたほど
全体に速い印象を与えるけれども、
繰り返したとするとリヒターの演奏時間とほぼ同じになるわけで、
特段速いというわけではない。
にも拘わらず二人の演奏が与える曲の印象はとても異なっている。
(グールドについて言えば、更に 1981 年に録れたものは
 1955 年に弾いたものとは全く別の曲と言っていい。)

前置きが長くなってしまったけれども、
『ゴルトベルク変奏曲』にはこのような諸々があるわけで、
新しい人の演奏を聴く時は常に、どんなテンポで
どんな風に繰り返して、或いは繰り返さないで
演奏するのだろう? と興味津々なわけである。
そこでマリさんの演奏は――。

長くなり過ぎたので、本題はまたの機会に。。。m(_ _)m

2026年3月17日火曜日

15年~そして未来へ

先日、朝仕事に出かける時に近所の家から若い女性が出て来た。
あれ? と思ったのはあの家にそんな年齢の女性はいないはず、
というか、あの家にいるのは小学生の女の子が2人と
一番下に男の子の3人のガキンチョだ、というのが
僕の認識だったからだ。

やがて、駅に向かって歩きながら気づいた。
そう、あの家族が近所に越して来てから時間が経ったのだ。
そう言えば、越して来た頃は3人自分たちの家の前を通る私道で
いつもわぁわぁ遊ぶ声が聞こえていたのだけれど、
いつの間にかその遊び声も聞かなくなったことに今更気づいた。
みんな大きくなったのだ。
あの若い女性はかつてガキンチョだった一番上の女の子なのでは?
あの家族が近所に越して来たのは一体いつだっただろう?

このことがあったのは3月10日、
ちょうど東日本大震災15周年の前日だった。
もしあの家族が越して来たのがその頃だったとしたら
すっかり「お姉さん」になっていてもおかしくないではないか。
15年ーー。その時生まれた子供たちはもう中学を卒業する年齢だ。
あれから何と言う時間が経ってしまったことだろう。

僕自身はあの自身を当時日本橋にあったオフィスで経験した。
その後テレビで放映される被害状況を見て、
これは下手にボランティアとして現地に入ったところで
却って地元の人の負担、足手まといになると怖れをなし、
その後少し落ち着いてから漸く現地を訪れ
地元の名物などを食べ歩いたり、
その地の素晴らしい自然や風景を写真やビデオに撮っては
ブログや SNS などで発信した。
その程度のことしか自分にはできないと思いながら。。。

あれから15年。
もう二度とあのような悲しい思いをしないために
この国は何をして来ただろう?
そして僕自身は何をして来ただろう?
自分自身を振り返ると、自分のことですら
この15年で何かを成し遂げたということは何もない。
そして、あの子たちがすっかり大きくなったのと同じ時間、
僕に残されている時間も減ったということなのだと思う。
では、その残された時間に何ができるだろう?
何を未来に、次の世代に残していくことができるだろう?

今のところ、相変わらず曲を書いたり本を書いたりと
そんな程度のことしかできないのだけれど、
この国未来がよりよいものとなるために自分に何ができるか、
そんなことを改めて考える16年目の3月11日。

2026年3月8日日曜日

老子の名言

あることが気になって、今『老子』を読み直しています。
これを最初に読んだのはもう○十年も前の学生時代のこと。
当時は「ニューサイエンス」なるものが流行っていて、
科学と東洋思想の親和性、みたい議論がよく聞かれました。
自分もそんな時代の潮流の中で『老子』を手にした、というわけ。

今読んでいるのは勿論当時とは違う理由ですが、
この短く奥の深い文章がどのように読まれているかと思って
Web で検索したところ、「老子の名言」なるサイトが見つかり、
中を覗いてみたところ、次のような「名言」が載っていました。

 優しい言葉をかければ、信頼が生まれる。
 相手の身になって考えれば、結びつきが生まれる。
 相手の身になって与えれば、愛が芽生える。

え? え? 『老子』の中にそんな意味の文章ありましたっけ?
更に見ていくと、次のようなものもありました。

 誰かを深く愛せば、強さが生まれる。
 誰かに深く愛されれば、勇気が生まれる。

う~ん、これも何かヘン。
大体、現代的な意味での「愛」について触れた箇所は
『老子』の中にはないでしょう。
確かに、「愛」という文字が使われている箇所はあるけれど、
それは現代の日本で使われているのは全然違う意味で。。。

これらの文章を「老子の名言」として載せたサイトは
実にたくさん見つかったのですが、そのどれ一つとして
この文章がどこから来たかを書いていないのです。
「名言」は英語では "quotation" と言っていますが、
この語が「引用」と訳されることもあることからわかるように、
名言集ではその名言がどこから来たものか、
引用元を明らかにするのが約束になっています。
その名言を気に入った人が原典に当たれるように、ですね。
しかし、引用元が記載していないということは
これら多数の名言サイトは、どうも他の誰かが
ネットに載せているのをちゃっかりコピーして作られたのかと
疑わざるを得ないのが正直なところです。
気に入った表現があったのなら、
自分でちゃんと調べればよいのに、と思ってしまいます。

まず自分が注目したのが、これらの文章が
詩のように行を分かって書いてあるという点です。
普通、日本で『老子』にある文章を訳す時は
こうした分かち書きにせずにダラダラと散文の形で訳しますね。
最近は「超訳」なるものも出て来ていて、
わかりやすい言葉で書き直した本も何冊か出ているので、
そのいくつかにも目を通しましたが、
その何れにもこれら2つの文章に似た表現すらありませんでした。

となれば、、、
疑わしきは、元ネタは英語の詩だろう、ということで
調べるとすぐに見つかりました。
まず1つ目は、

 Kind words create confidence.
 Kind thoughts create profundity.
 Kind giving creates love.

そして2つ目は、

 Being deeply loved by someone gives you strength,
 loving someone deeply gives you courage.

なるほど、これらを日本語に訳したら
冒頭に挙げたような文章になりますね。

そこで、これらの英文について調べていったところ、
どうも2つ目のものは1970年代にスピリチュアル系のエッセイに
登場した表現らしいのですが、
それがいつの間にかこの文章に続けて "- Laot Tzu" と
恰も『老子』が出典のようにして広まっていったらしいです。
(残念ながら現時点ではまだそのエッセイ集が何か
 突き止められていません。それはまた何れかの機会に。。。)

次に戻って1つ目ですが、これは 1980年代前半に
自己啓発や教育用の名言集に現れたもので、
ポスターやカード教材に多数印刷されて流布したらしいです。
こちらについては、皆さんも簡単に確認できる
Wikiquote というサイトにはっきりと
「誤って老子が出典とされている」と書いてあります。


ところで、何故こんなことになったのでしょう?
恐らくは、英米の人で『老子』に接して感銘を受けた人が、
老子はこんなことを言っている、と、
『老子』の中の特定の文言というわけではなく、
自分が読んだ印象を表現したのではないか、
それが「老子がこう言った」という風に広まったのではないか、
自分はそのように想像しています。

特定の文言、という意味では、1番目のものに最も近いのは、
『老子』第六十七章の次の文章でしょうか。

 我に三宝有り、持して之(これ)を保つ。一に曰(い)わく慈、二に日わく倹(けん)、三に日わく敢(あえ)て天下の先(さき)と為(な)らずと。慈なるが故に能(よ)く勇なり、倹なるが故に能く広し。敢て天下の先と為らず、故に能く器(き)の長(ちょう)を成す。

「自分には宝としているものが3つあって、これをいつも大切にしている。まず第一に慈愛、第二に倹約、第三に天下の人々の先に立たないことだ。慈愛があるからこそ勇気が出て来るし、倹約するからこそ広く施しを行うことができ、先に立たないからこそ、あらゆる官の長となることができるのである。」

大体こんな意味でしょうか。
この3つの中から「慈愛があるから勇気が出る」とう部分だけが
一人歩きしてしまっている感がありますが、
これら3つは何れも為政者として心掛けるべきこと、であって
自己啓発や人生訓として言われたものではないですね。。。

また、「愛」という意味では、次の第四十九章も
これらの英文に関係があるのではないかと考えています。

 善なる者は吾之(われこれ)を善とし、不善なる者も吾亦(また)之を善とす。善を得(う)。信(しん)なる者は吾之を信とし、不信なる者も吾亦之を信とす。信を得。

「善であるものを私はよしとするが、善でないものも私はよしとする。このようにして善を得ることができるのである。信義のあるものを私は信じるが、信義のないものも私は信じる。このようにして信義を得ることができるのである。」

英語の "Being loved..." とは順序が逆ですね。

尚、今回見たたくさんの老子の名言サイトの中に
次のようなものもありました。

 白雁は白くなるために水浴びする必要はない。
 あなたも自分自身でいること以外に何もする必要はない。

これは、『老子』の中に出て来る言葉ではないですが、
『荘子』の外篇「天運篇 第十四」の中に出て来る、
孔子が老子に会った時、老子が孔子に言った言葉の中にあります。

 吾子、亦た風(ふう)に放(よ)りて動き、揔(したが)いて立て。……(中略)……夫れ、鵠(つる)は日ごとに浴せざるも白く、烏は日ごとに黔(くろ)めざるも黒し。

「お前さん自身も、風の吹くままにとらわれなく動き、自然にあるがままに立っていればよい。鶴は毎日水浴びしなくても白いし、烏は毎日墨を塗らなくても黒いのだから。」

それをお前さんは、無理に仁義だ礼だと人に押しつけて、却って天下をややこしいことにしているのではないかね? 
というわけですね。
自分自身がもっと楽に生きればいいのに、と。

『荘子』の中で老子は老聃(ろうたん)という名前で登場します。
が、この天運篇はじめ、どうも『荘子』の老聃は喋り過ぎる。
『老子』の中で、言葉は少ない方がよい、と言っているのと
同じ人物とは思えないですね。w
荘子は、老聃という人物を借りて、自分の思想を語ったのだろうと
自分はそのように想像しています。

長くなりましたが、冒頭に挙げた2つの言葉は
老子自身のものではありませんが、
これを老子が言った、とされるほどに米英では
老子の思想に興味を抱いている人が多いということですね。
実際、ビートルズの "The Inner Light" という曲は
『老子』の第四十七章を殆どそのまま歌詞にしているくらいです。
ならば、より『老子』が身近な我々日本人、
これを機会に改めて『老子』を読んでみるとよいかもです。
今読めば新しい発見があるかもです。

2026年2月1日日曜日

【詩】 50億年後

僕らが学校で教わるのは
地球という星が生命を育むのに適した位置にあるということ
でも それは 今人類が生きている瞬間のことに過ぎなくて
太陽系が生まれた頃
生命の可能性があったのは 金星と火星だった
それが 太陽の成長とともに
金星は灼熱の地獄に 火星は大気を奪われ
たまたまその中間にある地球で生命が生まれただけのこと

太陽の変化はこの先も起こるだろう
今から50憶年くらい経った時
太陽は巨大化し 赤色巨星となって
地球の軌道近くまでの大きさになる
そしたら地球は太陽に飲み込まれるか
存在していても 最早人間の住める環境ではない

その頃 人類はどうしているだろう?
それよりずっと早く 太陽系の外に
人類が棲める星を探しに出かけているだろう
50憶年の時間があれば
人類の子孫が 宇宙のあちこちに散らばり
それぞれの星で独特な変化を遂げているだろうか

それとも
まだ地球に残っている人々もいるだろうか
もしかするとその人たちの姿は
既に僕らとは違っているかもしれない
或いは
人類が去ったあとの地球を
他の生物が支配していたりするだろうか
その生物にとって人類は
ぼくらにとっての恐竜のように
既に伝説的な存在だろうか

そう
人類の歴史を振り返った時
1億年前は恐竜の時代で
人類なんかその存在の片鱗もなかった
そのことを考えると
その50倍の時間
50億年後って どんなに先の未来だろう

SF だって想像できない
僕が心配しても全く意味のない遠い未来
でも そんな未来のことを思い描くのも
僕らが人類という
自らを生み 育んだ
宇宙のことを考えないではいられない
存在だからなんだろうな

2026年1月31日土曜日

【詩】 もし 宇宙にいるのが われわれだけだとしたら

スピルバーグ監督の映画
『未知との遭遇』のキャッチコピーは
「宇宙にいるのは われわれだけではない」だった
この宇宙の広大さと 時間の流れの壮大さを考えれば
とてもありそうなことだ

でも もし
宇宙にいるのが われわれだけだとしたら
われわれを創った宇宙は知っているのだろうか
ほんの偶然から あまたある銀河系のうちの一つ
その片隅の太陽系で生まれた人類が
自分のことを 宇宙の真実を
解き明かそうとしているということを

宇宙は造物主だ
もしそれが様々な民族が語る神のように
意志を持っているのなら
或いはわれわれを育み 慈しみ
あるいは裁いて 新たな試みを始めるのだろうか

それとも やはり宇宙は
意志を持たぬ 単に物質が融合しては破壊する
偶然の過程に過ぎないのだろうか

もしそうなら
もし われわれ人類だけが
この広大で悠久の時の流れの中で
意志というものを持っている存在なのだとすれば

われわれは抗う
いつかはわれわれの太陽を滅ぼし 地球を滅ぼす
宇宙の運命に抗う
宇宙が知っていようがいまいが
われわれ人類は その宇宙を乗り越え
自らの存在を示そうとするだろう
広大な宇宙から見れば 
存在しないに等しい微細な動きでも
われわれは宇宙に挑戦し続けるだろう

2026年1月2日金曜日

あけましておめでとうございます!

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新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。

元日の昨日は親のいる九州への移動日のため
挨拶が出遅れてしまいました。

前日の大晦日は、YMB の「第九」演奏会、
無事開催することができました。
一昨年は指揮者が落ちていなくなるハプニングもあったり
主催者としては残念な演奏会でしたが、
昨年はそんなトラブルもなく、
元日の0時0分0秒ぴったりに終えることができ
また、お客さんもここ数年では一番多かった印象です。
ご来場頂いた皆さん、ありがとうございました!
殆ど告知できていなかったので大変嬉しかったです。

そして、昨日の元日は上の写真にもあります通り、
まずは RL の地元で初日の出を迎えます。
空全体は晴れているのに、太陽が出て来る方角だけ
重たい雲で覆われていて、そこから抜け出て来るのに
結構時間がかかりましたね。
だからこの写真が表すのは、どんな困難や障害があっても
必ず光は差す、という2026年を占うメッセージかと思っています。

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同じ事は毎年九州の親許に行く時に
新幹線の車窓から撮る富士山にも言えます。
やっぱり空全体は晴れているのに、
富士山のところだけ、その富士山をすっぽり覆う大きな雲が。
富士山はいつも見るだけで元気を頂く感じなので、
ここまで裾野の方まで見えなかったのはとても残念。

まぁ、自然は人間の思い通りにはならないものです。
思い通りになると思っていること自体がおかしいのでしょう。
そんな戒めを頂いた元日のように思います。
始まったばかりの2026年、
きっといろいろなことがあるのでしょうが、
年の終わりにはよい一年であったと言えるような
皆さんにとってそんな一年となりますよう願っています。

改めて、本年もどうぞよろしくお願いします。