2026年3月21日土曜日

イランの暦と日本の風習

昨日に続いてイランの暦の話をします。
というのは、イランの風習が日本の風習に似ているところがあり、
私たちが普通に日本の文化だと思っているものが
実は古代ペルシャの起源だったりする、
それほど両国は古い時代から交流していた
ということに思いを寄せてほしいからです。
どうも日本の政治家はアメリカべったりな感じがしますが、
アメリカとの交流がたかだか 170 年程度なのに対し、
イランとの交流は 1,300 年くらいあるわけですから。。。

その前に、昨日イランのお正月とイスラームのラマダーン明けが
重なったという話を書きましたが、
イランの最高指導者モジュタバ師とペズシュキアン大統領の
年頭に当たってのメッセージを確認することができました。
お二人ともこのお正月とラマダーン明けが重なったことに
触れられていました。
日本人の僕が注目するくらいですから、
正にその文化・宗教の中に暮らしている人たちには
神聖な奇跡と感ぜられたことでしょう。

ところで、昨日の僕の記事を読まれた方で気づかれた方も
いらっしゃるのではないかと思うのですが、
イスラーム暦もイラン暦も、ともにヒジュラと呼ばれる
ムハンマドと彼に従うムスリムが、マッカからメディナに移住した
西暦622年を起点として年を数えているのですが、
今はイラン暦では 1405 年、イスラーム暦では 1447 年です。

これは、イランの暦は太陽暦で、地球の公転に合わせてあるので
グレゴリオ暦同様に閏年が存在し、西暦から 622 引いた年と
一致することがわかると思います。
(本日1年進みましたけど。。。)

これに対し、イスラームの暦は、月の満ち欠けに合わせた
純粋な太陰暦で、閏年や閏月を設けないので
――これは『クルァーン』で禁じられているそう――、
毎年11日ずつズレていき、結果西暦622年から数えると
今は 1447 年目になっている、ということなのです。

ここで話を戻すと、イランで春分の日を元日とするのは、
その昔、世界のはじめ、春分の日の正午に、
善の神アフラ・マズダーと悪魔であるアンラ・マンユが
同時にこの世界に入ってきたことによるとされています。
春分の日は、夜と昼の長さが同じ、プラスもマイナスもないゼロ、
善と悪と全てが拮抗・バランスする時です。
日本人が大晦日で全てを清算して、元日から新しい身となって
新しい年をゼロからスタートするのとどこか似ています。

イランのニュースを見ると、このような戦時下でも
伝統的な「ハフト・スィーン」を供えてお正月を迎える
一般市民のことが書かれていました。
ハフト・スィーンとはペルシャ語で「7つのS」の意味ですが、
Sで始まる7つのものをテーブルの上にお供えして
お正月を迎える習慣なのです。
その7つのSとは、

1. リンゴ(sib スィーブ)――欲望と再生の象徴
2. ニンニク(sir スィール)――清潔の象徴
3. ハゼノキ(somaq ソマーグ)――愛の象徴
4. 酢(serke セルケ)――清潔の象徴
5. ナナカマド(senjed センジェド)――人生の妙味を表す
6. コイン(sakeh セッケ)――鉱物界を司る
7. 麦芽プディング(samanu サマヌー)――植物と再生産の象徴

この他に次のものも併せて飾られます。

・金魚――水の神アナーヒターの象徴
・鏡・蠟燭――統一や明るさの象徴
・卵――創造の象徴
・パン――豊かさの象徴

何だか、本来は立春の時に頂いていた七草粥を連想させますね。
金魚というのがおもしろいですが、金魚のないお正月なんて!
と、お正月の正午まであと2時間というタイミングで
女の子が金魚を買いに出かけて様々な障害に遭う冒険譚、
ジャファール・パナヒ監督の『白い風船』という映画は
このイランのお正月を知るのにお勧めの1本です。

ところで、このイランの新年1月は
ファルヴァルディーンというのですが、それは、
「フラワシの月」という意味なのです。
フラワシというのはそれぞれの家の守護霊、
即ち元は先祖の霊なのですが、その先祖の霊が家に帰って来るのが
このお正月だ、というわけです。

先祖の霊が帰って来るというと日本のお盆を思い出しませんか?
日本のお盆は仏教の「盂蘭盆会」から来ていると言われてますが、
その元になっている『盂蘭盆経』を読むと、
どうも先祖を祀ることとはあまり関係がなさそうで、
一方、イランの人々の心の中に今も生きている
ゾロアスター教では、フラワシと同一視されてる「魂」のことを 
urvan と呼んでいるのです。
この語はアヴェスター語では「ルーワン」と発音しますが、
ソグド語では「ウルヴァン」と発音し、「ウラボン」に似てます。
僕はどうもこのペルシャの習慣と言葉とが
仏教の言葉や習慣と入り交じったか混乱して
今の日本に受け継がれているのではないか、と想像しています。
先祖の霊を迎え、送るのに火を焚くのも
フラワシの行事とお盆とよく似ています。

火と言えば、東大寺で3月に行われる修二会、
「お水取り」として有名ですが、水だけでなく
「達陀(だったん)の行法」では、
燃えさかる大きな松明を持った「火天」が、
洒水器を持った「水天」とともに須弥壇の周りを回り、
跳ねながら松明を何度も礼堂に突き出す所作をするわけで、
この水と火を扱うところはいかにもゾロアスター教っぽい。

日本の文化は仏教を中心に発達してきたように思われがちですが、
実は古代ペルシャから伝わったゾロアスター教の習慣も
多分に習合して、入り交じっているのではないかと考えてます。
その意味でも、イランという国のことを
単にどこか中東の遠い国のこととして捉えるのではなく、
もっと身近な、遠い親戚のような感じで捉えてみると
ものの見方も変わってくるように思うのです。

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