2026年3月22日日曜日

【レビュー記事】 師弟対決・その2~小澤征爾さんとミュンシュのラヴェル『ボレロ』

2024年の2月に小澤征爾さんが亡くなったあと、10回にわたって
小澤さんの代表的な録音についてレビュー記事を書いた。
その中で、小澤さんのベルリオーズ『幻想交響曲』を買った時、
ラヴェルの『ボレロ』がカップリングで入っていたことを書いた。
その時『幻想交響曲』については、ミュンシュが 1962 年に
ボストン響と録音した LP を買ったのが最初で、
この LP には同じ年に録音した『ボレロ』が入っていたけれど、
今あるミュンシュ 1962 年の『幻想交響曲』の CD には
この曲はカップリングされていないので、いつか聴いてみたい、
そして小澤さんの演奏と比べてみたい、と書いた。

実際、ミュンシュのラヴェルの録音というと、
1955 年のボストン響と 1967 年のパリ管と録れたものが
多く出回っていて、ネット上のレビュー記事も圧倒的に
この2枚のものが多いのだ。
この2枚はそれぞれに評判がよいから、
1962 年に『幻想交響曲』と一緒に録れた時のものは
埋もれてしまっているのかもしれないけれど、
LP を買った当時、『幻想』も『ボレロ』も、
荒々しい迫力があった印象があって、是非とも聴いてみたいと、
2024 年だったと思うが、毎週のように中古レコード屋を回って
そして漸く見つけたのだ。
Ravel: Orchestra Works というタイトルで、
他に『スペイン狂詩曲』、『亡き王女のためのパヴァーヌ』、
『ラ・ヴァルス』、そして『マ・メール・ロワ』を収めた CD だ。

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そこで、早速小澤さんのと聴き比べてみた。
小澤さんのは、ある意味あっさりしていると言っていいほど
オケの響きも整然としていて安定感のある演奏。
これに比べるとミュンシュのは、何だろう、
出だしのピアニッシモのリズム隊の音からして生々しいのだ。
この曲は A のメロディと B のメロディがそれぞれ
2回ずつ繰り返されるわけだけれども、
最初の A の2回をフルートとクラリネットが奏したあと
リズム隊にハープが加わって来るのだが、
小澤さんの演奏ではハープは控えめに左端で鳴っているのが、
ミュンシュの方は中央前面に出て来て
ボン! ボン! と鳴っていて、こうした音作りが
全体に生々しい感じを与えているように思われる。

あと、小澤さんのテンポは比較的安定していて、
全体の4回目のくりかえし辺りから若干速くなるのだけれど、
ミュンシュの方はというと、小澤さんよりも
ややゆっくりのテンポで始めつつ、
2回目の繰り返しの後半あたりから徐々にアッチェレランド、
次第にテンポが速くなっている。
そして4回目繰り返しの後半、B の辺りからは
あからさまにスピードアップする。
若い頃初めてこの演奏に触れた僕が「荒々しい迫力」と感じたのは
こうした音作りが関係しているのかもしれない。

今回この稿を書くに当たって、小澤さんとミュンシュ、
そしてこの曲については定評のある
クリュイタンス指揮/パリ音楽院管弦楽団の演奏を比べて、
どのようにテンポが変化しているかを調べてみたのが次の表。
演奏時間は A, B それぞれ16小節+間奏の2小節の
18小節を基本に、その開始タイミングの時間を読みとって計った。
これは A, B それぞれが始まる音が出た瞬間に
表示されている時間を読みとったので、
例えば、同じ 00:50 であっても、
開始したのは 00:50 に変わったばかりの時もあれば、
開始直後に 00:51 に切り替わったりするものもあるので、
最大1秒近いブレはある点ご承知頂きたい。
どの指揮者も速くなったり遅くなったりしているのは
この誤差によるものと考えて、全体の傾向に注目して頂ければ。

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こうして見ると僕が感じていたことは案外当たっている。
小澤さんは BPM ベースで大体 68 くらいのところで演奏して
4回目の繰り返しあたりでテンポを 69~70 くらいに上げて、
最後の5回目の B のところで一気に 72 まで上げて
エンディングに突入するのだ。

対してミュンシュの方は、1回目は 65 くらいだけれども
2回目あたりからじわじわと上げてきて、
5回目の最初の A のところで一気にテンポを上げて
最後のエンディングに突入。
おもしろいのは、エンディングの演奏時間に関しては
小澤さんとミュンシュのものが全く同じところ。

エンディングに向かってテンポを上げるという演出は
きっとミュンシュのもので、
小澤さんも師匠のそれを下敷きにしているのではないだろうか。
というのは、ラヴェルが楽譜に書き込んだ BPM は冒頭の 72 のみ。
どこにもアッチェレランドの指示はないのだ。
実際、クリュイタンスの演奏では、コンスタントに 66 で、
確かに5回目の繰り返しで速くなっているけれど、
エンディングの部分は寧ろ遅くなっている。
本来は音色と音量だけが変わっていくというのが
この曲の演奏の仕方なのだろう。

それを明らかにするのが参考で付けた
マゼール/フランス国立管の 1981 年録音の演奏時間である。
実は僕は、1990年にマゼールがこのオケを引き連れて
池袋の東京芸術劇場でドビュッシーとラヴェルを振った時に
その場にいたのだけれど、ボレロを振るマゼールは、
終盤に入って来ると、もっと大きな音で、もっと大きく、と
何とジャンプしながら指揮棒を振るうのだ。
オケもそれに応えて、ホールが割れんばかりの大音響、
あの時の『ボレロ』の感動は忘れることができない。
マゼールってこんなすごい人だったんだ、と思ったものだ。

その時の演奏とどれくらい似ているかはわからないけれど
同じ組み合わせで僕が目の当たりにした10年くらい前に
CBS に録音したものがあるので、これを調べてみたら、
正にラヴェルが指定した通り BPM = 72 で始めているのだ。
やや速いと感じられることと思う。
けれどもそのあとは一貫して最後まで 74~75 くらいで
アッチェレランドせずにエンディングは寧ろスピードを落としてる。
そうでありながら、終盤の音量の盛り上げ方がすごいので、
これまた迫力満点の演奏になっている。

久しぶりにミュンシュの『ボレロ』を聴き直してみて
子供の頃に「荒々しい迫力」と感じていたものが
勘違いではないと改めてわかったのだけれど、
一聴整然としているように響く小澤さんも
最後にアッチェレランドするのは師匠の影響か
或いはボストンの伝統かと、その流れを感じることができて
ちょっと面白かったというのが、今回の師弟対決の顛末である。
小澤さんは情熱的な指揮振りで有名だったけれど、
その源はミュンシュ先生にあるのかもしれない。

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